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昼食の豪華さに呆気にとられたのは、別にわたしの家の食事が貧相だからというわけではないと思う。いつもこんなに豪華なの?とリーマスに尋ねたら、うん、すごいよねえ、と返されたから。寮ごとに違うテーブルで食事する習慣らしくて、テーブルが4つ。ホグワーツには4つ寮があるとお母さんには聞いていたけど、こんなにはっきり分かれてるなんて思っていなかった。みんな、ステファンさんにも冷たかったし…あんまり仲良くないのかな。 「、届かないのあったら、とるからね」 「あ、うん。ありがとう。リーマスも言ってね」 「うん」 わたしの右隣にリーマスが座って、左隣にはリリーが座ってくれた。わたしの正面と、その隣(つまりリリーの正面)にそれぞれシリウスとジェームズが座った。シリウスの隣のあいている方の席には代わる代わる色々な女の子が来ていて、なんだか面白い。そう思いながら眺めていると、ブロンドのすごくきれいな女の子がやってきた。シリウスの隣にいた女の子に、ちょっと失礼、と言うと割り込んでくる。わあお。 「シリウス!今度の土曜日って、空いてる?」 「悪い、先約」 「ええー…先週もそう言ってたよっ」 「ああ、そうだな」 「…ふーんだ、もう、知らない」 彼女は拗ねたようにどこかへ行ってしまった。わたしはその後ろ姿を目で追う。ハッフルパフ、のテーブル(たぶん)に彼女が座ったとたん、周りをたくさんの男の子が取り囲んで色々と話しかけていた。でも彼女の機嫌は直らないみたい。 「(あのこは、シリウスが好きなんだろうな)」 「、何考えてるか当ててあげようか」 「えっ?り、リーマス、何急に」 「キャロルのことでしょ。君って、分かりやすいね」 「そ、そうかなあ…(あのこキャロルって言うんだ)」 「うん。なんか、嬉しいよ」 「…?ありがとう」 「のこと、全然分かってなくて苦しかったからね、昔は」 「…それ、また『さん』の話?」 「ま、ね」 「だから、わたしは違うんだよ。なんで分かってくれないのかな」 「僕、そんなに諦めが良いわけじゃないから」 「…本物のさんはどこにいったの?」 「んー…僕にまた会うために、いったん帰ったんじゃないかな」 「え、じゃあ戻ってくるの?」 「もう戻ってきてるじゃない」 「…リーマス!」 「あはは、怒らないでよ。かわいいなあ」 「…!(なんだこのひと!)」 わたしが絶句していると、リリーが逆隣から助け船を出してくれる…っていうか、なんかすごい怒ってくれる。 「リーマス!!に変なこと言わないでよ!」 「思ったことを言っただけだよ」 「まあまあリリー、そんなに怒ると綺麗な顔が台無しじゃないか!」 「まるでジェームズみたい…!貴方はもう少し、落ち着いてると思っていたのに…!」 「うわ、今のちょっとリアルにショック」 「え、そう?そうでもなくない?」 「ふん!」 「リリー、今のはさすがに訂正してよ、酷いよ」 「二人ともさ、僕が目の前にいることを忘れてる?忘れてるよね?知ってて言ってるわけじゃないよね?」 ひきつった顔で言うジェームズを二人が全く無視しているので、わたしが代わりに、たぶん冗談だから気にしないでいいと思うよ、と言ってあげた。ジェームズはわたしに視線を移すとにっこりと笑う。わたしがそれに微笑み返すと、リーマスが彼のものとは思えないような冷たい声で呟いた。 「ジェームズ、死にたいの?」 「すいませんごめんなさい」 「(何故!?)」 昼食を終えてみんなでいったん部屋に戻った後、リリーが先生に呼ばれて出て行ってしまったのでわたしはちょっと暇を持て余していた。わたしとリリーは2人部屋だったから、他に話が出来るような子もいない。3人部屋とか4人部屋とかもあるらしいんだけど。でも、リリーと2人部屋だってことはわたしが来るまではリリーは1人でここを使っていたのかな。それも不思議な気がするから、あとで聞いてみようと思った。 ぼんやりと部屋の中を見回す。古びた壁には時間が沁み込んでいるようだった。わたしはふらりと窓辺に向かう。こうして、窓から外を眺めているのが好きだから。家でもよく居間の窓辺から外を眺めたり、家の中を見つめたり、していた。観察好きなのかな、わたしって。そう思いながら外を見る。校庭は広々としていたけど、ちょっと離れたところに妙に黒い森も見えた。大きな湖がある。でも、人影はまばら。空がこんなにすきとおっているのだから、外に出れば良いのに。…わたしも、人のことは言えないなあ。 ちょっと決心して、外に出てみることにした。今日ついたばかりの制服の皺を意味もなくのばしてから、まだ新品のローブをはおろうとして、やめた。暑そう。 談話室に降りて行くと、リーマスがソファに座って小さな本を読んでいた。声をかけようかどうか一瞬迷っていると、すぐに顔を上げる。わたしを見ると柔らかく微笑んだ。 「」 「リーマス、何しているの?」 「読書…しながら、待ってた」 「何を?」 「をだよ」 「わたしを?」 「そう」 「えっと…何か、用事?」 「何もないよ」 「そうなの?」 「ん。っていうか、談話室に降りてくるかどうか、分かんないしね」 「あ、そっか」 「何しに降りてきたの?」 「リリーが先生に呼ばれて行っちゃって、暇になったから…外に行こうかなって思って」 「外、行く?」 「うーんと…」 わたしは考えながら窓辺に歩いて行き、そこから校庭を眺めた。ただ、暇をつぶそうと思っていただけだったから、どっちでもいいかもしれない。広々とした校庭は魅力的なようにも、そうでないようにも思えた。でも、そこから吹いてくる甘い匂いの風は間違いなく魅力的だった。どうしようかな。わたしはくるりと反転して談話室の方を向いて、窓枠に背中でよりかかる。と、リーマスが目の前にいて驚いた。 「わ」 「は、窓が好き?」 「え?う、うん」 「そっか」 「なんかね、窓辺でぼんやりとしているの、好きだよ」 「あはは、そっか…そっかぁ」 「リーマス?」 彼が急に俯いたのでわたしは心配になって顔をのぞきこもうとした。するとリーマスはぱっと顔をあげて上を向き、わたしの隣に立って外を見つめた。その瞳はいつもと同じ色なのに、なんとも言えない光をたたえていた。彼はどこか遠くを見ていた。 「なんか、今、泣くかと思った、危うく」 「え?なんで」 「いつか教えてあげるよ」 「秘密なの?」 「そう、秘密」 「ふうん…」 「、外、いこっか」 「?うん、一緒に来てくれるの?」 「もちろん」 「わーい」 「わ、意外に風が強い!」 「そうだね」 「さっき部屋の中からは、良い匂いだなって思ってたのに」 「風の匂いが?」 「そう」 「ふうん」 「強くても、別に、いいけど」 「僕も」 「リーマス、どこへ行ったら楽しいかな」 「となら、どこでも楽しいけど」 「……(なんでこういう恥ずかしいことを言うんだろうこのひと)」 「連れて行きたい場所も、あるかな」 「う、うん」 わたしはリーマスのあとについていく。後ろ姿を見ても、彼は綺麗な人だった。細くて柔らかそうな髪の毛は、ふわふわと風に弄られている。そんなことを考えたのも束の間で、数歩も行かないうちに彼はくるりと振り向いた。驚いて首をかしげるわたしを真剣な顔で見つめ返す。 「」 「?うん、どうしたの?」 「手を、出して」 「え、うん」 言われるままに手を出した。リーマスはそれをまた真剣な顔で見つめると自分の手をそっと重ねる。リーマスの手はわたしよりずっと大きくて、骨ばっていて、少しひんやりと冷たかった。わたしは鼓動が高まるのを感じて、どうしようもないのでただ黙っていた。そのうり重ねられた手を見つめていることすら恥ずかしくなったので、リーマスの顔を見たけど、まつ毛を伏せて真剣に手を見つめている彼の顔を見るのも恥ずかしかった。しばらく経ってから、ぽつりと彼は言う。 「すごいなあ」 「…すごい?」 「手、つないでも、良い?」 「……」 「ダメなら遠慮しないで良いよ」 「ううん、良いよ」 わたしが答えるとリーマスはふわりと笑い、ありがとう、と言うとわたしの手を取って歩きだした。つないだところからリーマスの冷たい体温が伝わってきて、わたしは慌てていた。慌てていたけれど、その体温はとても心地よいもので、いつまでも放したくないと、ごく自然に思った。 いつまでもあなたと、一緒に。 今日会ったばかりの人にそんなことを思うなんておかしな話だろうか。でも、本当にそう思う。わたしは混乱した頭でリーマスの横顔を盗み見る。彼はそんな些細な視線にもすぐに気付いて、わたしに微笑みかけた。なに、?彼の微笑みはそう言っている。わたしは笑って首を振った。なんでもないよ、リーマス。 リーマスがわたしを連れてきたのは、校庭の外れにある小さな花畑だった。でも花は一種類だけ。厚い花弁の白い立派な花がたくさん咲いている。リーマスがそっとわたしの手を放し、わたしはしゃがみこんでそれに触れた。甘い香りがする。優しいような、悲しいような、そんな香りがする。 「きれいな花」 「うん。大切なものなんだ」 「リーマスの?」 「そうだよ。魔法をかけてある」 「花がずっと咲くように?」 「うん。本当はそうするのあまり好きじゃないけど、この花だけは、ずっと咲いていてほしくて」 「そんなに、大切なんだ」 「そう」 振り向くとリーマスはわたしを見ていたけれど、彼の心は遠くを見ていた。彼はもう何も言わなかったけれど、この花は彼の””に関するものなんだろうな、ということが嫌でも分かった。どれだけ彼がそのひとのことを思っているのか、今日一日だけでもう十分。本当はこれ以上触れたくない。わたしのことを見てほしい、なんて、贅沢な願いをぼんやりと描く。その願いは心のどこかで、歪んで、わたしを追い立てている。 彼の想いも、この花も、そのひとに捧げて、””と死んでしまったんだろう。 だからわたしがここでいくら彼を思っても、わたし自身にそれが返ってくることはきっとない。だって彼の心は、””が連れて行ってしまったから。わたしには手の届かないところにあるんだろう。 わたしは悲しくなって目を伏せた。アングレカムはゆらゆらと揺れている。 「その花、アングレカムっていうんだ」 「あ、うん」 「…知って、るの?」 「え?あ…そうみたい」 「……花言葉は」 「え?」 「いや、なんでもないよ。ごめんね、気を悪くした?」 「どうして」 「昔のことばかり話していて」 すごく悪くした!と言いたかった。けどそんなことはとても言えなかった。わたしはもうすっかりまいっていたから。彼にまいってしまっていたのだ、笑ってしまうくらいに。ただ傍にいたいと願ってしまう。考えるまでもなく口が勝手に動く。 「ううん、もっと聞きたい」 聞きたくない。 「わたし、思いだせそう」 何を? 「もっと、昔のことを話して、リーマス」 嫌なのに。 「わたし、に戻れるかもしれない」 わたしは、だよ? リーマスは驚いた顔でわたしを見つめていた。わたしはその目を見つめ返す。本当のことを言っているように、見えるように。この花を見て昔のことを思い出したんじゃないかと、彼が思ってくれるように。しばらく黙って見つめあった後、リーマスがゆっくりと口を開いた。 「本当に?」 「うん」 なんでこんなにもあっさりと、人は嘘を吐けるんだろう。 「…!」 リーマスは叫ぶように言うと、わたしを抱きしめてわたしの髪に顔をうずめた。アングレカムの香りがきつくなったような錯覚を、わたしは覚えた。リーマスは、もっと色々なものを見に行かなきゃ、とささやいた。その声を聞いただけで涙が出そうなほど幸せに思う。わたしの心がどれほど軋んでも、仮初に手に入れた体温だけは、本物だから。 |