Call(3)








談話室を出ると、廊下は少しだけ冷たかった。でもそんなにひどく寒いわけではなくて、頭がひっそりと冴えるような心地よい冬の匂い。わたしは隣でちょっと立ち止まって何かを考える人の顔をこっそりと見やって、これからどうしようかと少し真剣に悩んだ。


「うーん、どこを案内しようかな」
「あ、そんなに時間とらなくてもいいよ」
「良いよ。えっと、それとも…嫌?」
「へ?」
「僕と居るの嫌かな」
「ううん!そんなことは全然ないよ」


リーマスがひどく悲しそうな顔をしたからわたしは急いで否定した。たちまち彼は満面の笑みを浮かべて(ファンがつくのも、分からなくはないかなあ)、ありがとう、とわたしを見て言った。わたしは少し微妙な気分になる。さっきの否定は間違っていない。彼の空気は嫌いじゃないから、一緒にいるのが嫌だなんてことはない。でも彼はわたしのことをわたしだと分かっていなくて、なんだか寂しいと思う。けれど同時にそれはわたしへの好意につながっているから激しく否定もできなくて。そのせいでなんとも、やりきれない気分になる。


「(勘違いされてなければ、もっと普通に仲良くなれるかもしれないのに)」
、おいで」
「うん」


リーマスは少しはしゃいでいるように見えた。それとも普段からこういう感じなのかな。最初に、一番最初にあとの2人の男の子と話しているときにはそんな風には思えなかったけれど、どうなのだろう。わたしに分かるはずはない。きっと彼のさんなら、そんなことくらいとっくに分かっているんだろう。(なんだかいいな、それ。)


リーマスは色々話しながら、(ここは変身術、こっちは呪文学、あの梯子を上ると占い術、あっちに見える塔は天文台、とか。)(覚えきれるはずがない…!)ゆっくりと歩いた。わたしも彼の説明にとりあえずいちいちうなずきながら隣を歩く。時折すれ違う生徒たちがわたしのことを不思議そうな顔で見て行くことがある。そのたびに少し緊張したけれど、リーマスはそのたびにわたしを振り返って安心させるように微笑んで見せた。数回目のとき、わたしはその笑顔をちょっと待ち望んでいて、予想通りに微笑みを向けた彼の顔に少し見とれた。


?」
「…あ、ごめん」
「いいよ全然。あ、何かあったらいつでも何でも聞いて」
「うん、ありがとう」
「うん」


リーマスはリリーに宣言したとおり、談話室にいた時に比べたらずっと紳士的だった。たぶん本当は普段はこういう人なんだと思う。彼の大切なさんが絡むと人が変わっちゃうだけで。わたしがそう思いながら彼の透けるような細い髪を眺めると、彼はふと1つの教室の前で立ち止まった。何の変哲もないドアが私たちの前に立っている。


「……?リーマス?」
「ここ、さ。見覚えない?」
「…えっと、ないよ」
「そっか」


彼は一瞬目に見えて落胆した様子だったけれど、それをすぐに振り払ってわたしににこりと微笑みかけた。でもちょっとそれは上の空な感じの笑顔で、わたしはまた困ってしまう。彼はさんがすごく大事だったみたいだから、これも仕方がないことなのだろうけど。また歩き出した彼の後に続いて、わたしも歩き出す。しばらく無言で歩いてから、彼は思い出したかのように口を開いた。


「さっきの教室さ、僕ときみがおいかけっこしたあとに、僕がきみを捕まえたとこ」
「…それは、わたしじゃないよ」
「きみだよ」
「リーマスのさんでしょう?」
「僕のは、きみなんだけどなあ」
「…(なんで分かってくれないんだろう)」
「でも、あんまりそんなこと言っても混乱しちゃうよね。ごめん」
「あ…」
「本当、抑えがきかなくて。ごめんね」
「う、うん(分かってくれてはいるんだ)」
「嫌な思いさせちゃったね」
「うーん、嫌っていうか…申し訳なかったの」
「申し訳なかった?」
「うん。だって、リーマスはそのさんがすごく大切だったんでしょう?」
「そうだよ。今もね」
「なのにわたしみたいな普通の子に、そんなことを言うと、リーマスにも、そのさんにも、悪いじゃない」
「はあ…」
「?」
「きみがじゃないなら、その通りなんだけどね」
「だからわたしは、」
がそう思ってるのは分かってる。ごめんね、聞きわけが悪くて」
「…(むー)」
「でもさ、そういうことを言うとこも、ますますだなあって、思う」
「そうなの?」
「うん」
「…わたしとそのさんは、似てるだけだよ」
「ううん、同じだよ」
「えー」
「はいはい、の言いたいことは分かってるって」


リーマスは悪戯っぽくそう言って笑った。それからふと、ごめんね、でも嬉しすぎて、と呟いて寂しそうに微笑んだ。そんな彼のいくつかの笑顔をどこかで見たような気がして、でもそれはきっと気のせい以外の何ものでもないんだろう。(わたしを呼んだのが彼であればいいのに、と、自分勝手な願望を描いた。)


それからまた暫く歩きまわって、わたしたちは談話室の前まで戻ってきた。楽しかったからあっという間だったけれど、すごく歩いた気がする。階段をいくつ上り下りしたかもう覚えていない。もともとあんまり地理感覚のある方じゃないし。階段動くし。


「すごく広いんだね、ここ…」
「今日連れてったのはまだほんの一部だよ」
「えええそうなの!?迷いそう…」
「大丈夫、すぐ慣れるよ」
「リーマスは…なんか得意そう」
「得意?」
「道とか覚えるの」
「あはは、そう?」
「うん」
「ありがとう。まあ、僕たちといればも大丈夫でしょ?」
「そ、っか。良いのかな?」
「勿論だよ。っていうか、そうじゃないとだめ」
「あ、ありがとう…(基本的に優しいんだけど…たまにすごい、俺様、だよね…)」
「なに?」
「あはは、なんでもない」
「…」
「?どうかした?」
「やっぱ、笑ってる方が良いなと思って」
「…わ、笑ってなかったっけ」
「そんなには、ね」
「そっか…うん、ありがと」


もう一度そう言うと、リーマスは頷いて嬉しそうに笑った。わたしは合言葉を元気良く唱えて談話室へと戻る。そこにはさっき別れた2人がいて何かを話し合っていたようだったが、わたしたちに気付くと話すのをやめて、それから何故だかわたしをじっと見つめた。わたしが困惑している横で、リーマスが2人に声をかける。


「ジェームズ、シリウス、お待たせ」
「ああ…いやまあ、なんつーか、そのさ、」
なわけ?」
「そうだけど」
「へー。でもさっきはすげえ困ってたな」
「人違いではないんだね?リーマス」
「人違いは、ありえないね。ただは覚えてないみたい」
「へー…そりゃまた、大変だな」
「たしかに。主に、リーマスのストーキングに悩まされるであろうがね」
「やだな、ジェームズじゃあるまいし、ちゃんと調節するよ」
「調節かよ」


わたしは顔をしかめる。この2人も昔リーマスの大切な人だったさんを知っていて、私をその人だと思ってしまっているんだろう。リーマスがそんな風に自信満々に言うから、彼らまで勘違いしてしまっている。どうして、わたしがそのさんじゃないってことが…すごく簡単なことなのに、こんなにも分かってもらえないんだろう。声に出して言いたかったが、言っても無駄なような気もした。押し黙っているわたしに、眼鏡をかけた方の人がにっこりと陽気な笑顔で笑いかける。


「やあ、。訳が分からないって顔だね。無理もないさ。まあ、これからよろしく」
「…はい、よろしくお願いします」
「あ、と呼んでも構わないかい?」
「もちろん良いです」
「僕は、ジェームズ・ポッター。よければジェームズと呼んでくれ」
「うん、よろしく、ジェームズ」
「ああ」


ジェームズは満足そうに頷くと、もう1人に視線を向けた。促されてそちらが口を開く。ジェームズもリーマスもすごく美形だけれど、彼はもっと、なんていうか、冷たいくらいに綺麗な顔立ちをしていた。彼は少し視線を宙に泳がせて何かを考えるようなそぶりをしてから、ためらいがちに言う。


「あーっと…はじめ、まして?」
「(あ…)う、うん」
「俺はシリウス・ブラック。シリウスでいい」
「よ、よろしくシリウス。わたしはと呼んでくれてもいいです」
「おう」


はじめまして。その言葉がぐるぐると頭の中を回る。きっとシリウスは特に深く考えて言ったわけじゃないんだけれど、なんだかわたしを過去の「さん」ではなくて今ここにいる「」であると、久しぶりに認められたような気がして妙に嬉しかった。わたしは微笑む。ふと感じた視線に顔を向けると、リーマスがなにやら難しい顔をしていた。


「リーマス、どうかしたの?」
「!…ううん、なんでもないよ」
「HAHAHA、それは恋患いだね!」
「2人ともその調子だと俺はどうすりゃいいんだよ。帰ってこいリーマス」


うんざりした顔をするシリウスに、きみもさっさと患えばいいんじゃない?とジェームズがけらけら笑いながら言った。わたしもそれにつられて笑う。シリウスは、俺は患わせる側なんだよとかなんとかちょっと格好付けた感じで言った。え、これはジョークなんだろうか本気なんだろうか。まあいいけど。それからジェームズはわたしが笑っているのを見て、目を輝かせた。


「?」
、あんま笑ってなかったから!よかった!」
「え…あ、ありがとう」


リーマスもジェームズも、それからシリウスも、きっととても良い人なんだと思う。その好意は、わたしが彼らの知っていたさんに似ているからなのかもしれないけれど、それでもひとりきりでこんな中途半端な時期にやってきてしまって、不安に押しつぶされそうだったわたしには、彼らの明るさはすごくありがたかった。ただ…いつまでもこうして過去のさんとして扱われるのはちょっと嫌かもなぁって、そんな気もする。初めての友達たちに、そんな妙な感情を抱きながら、わたしは笑っていた。