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リーマスが談話室を去ってから、は彼がいなくなった方向を見つめて立ちつくしていたが、しばらくたつと談話室に降りてくる気配があった。は何もない空間をじっと見て耳をすませる。 「お前さぁ…譲り合いの精神ってものを学べよ」 「そっちこそ!」 「つうかなんでリーマスがいないのに同じきつさなんだ」 「細いからじゃない?」 「明らかにそう言う問題じゃねえだろ」 「そうだね…友情ミステリー★」 「うん、もうほんとお前黙れ」 いつもとおなじにぎやかな声に、はくすくすと笑いながら、ジェームズ、シリウス?と呼びかけた。ジェームズとシリウスは透明マントの下から、あ、とばつの悪そうな声を返す。 「悪いな。起こしたか?」 「ごめんねーシリウスがうるさくて」 「ううん、起きてたの」 「うるさいのはこっちの眼鏡だよな」 「シリウス、君にとって僕は眼鏡としての…以下略」 「あはは…どこにいくの?」 の問いかけに、ジェームズとシリウスは一瞬答え淀んだが、少し考えてからジェームズが言いにくそうに口を開いた。 「リーマスが…たまにどっか行くから、尾行ごっこ」 「ごっこってなんだよお前」 「…尾行?」 「りーマスがどうしてほしいか分かんないけどさ」 「だからってこのままじゃ俺たちは嫌なんだよ」 「そっかあ…リーマスは、しあわせだね」 わたしもうれしいな、とはにこりと笑って言った。漆黒の中に、銀色のまるい月がもうすぐ昇ろうとしていた。はそれをちらりと見上げて一瞬何かを考えて、それからちいさく首を振った。 「尾行ごっこ、わたしも行って良い?」 −−−−− リーマスはひとりで叫びの屋敷の彼の部屋(と、彼が勝手に決めている部屋。)の真ん中の木でできた椅子に座ってぼんやりと外を眺めていた。マダムを見ても何も驚かなかったの顔や、貴方に会えてよかったと呟くの声ばかりが、頭の中を廻った。(そしてこんなことを考えていられるのも、あともうほんの数十分だろう。) がたり。 何か物音が聞こえたような気がして、リーマスは視線をゆっくりとそちらへ向けた。今さっき自分が入ってきたばかりのドアは開きっぱなしで、でも予想通り何もなかった。リーマスはつまらなさそうな顔のままでそちらを見たまま、自分が自分でいられる残り時間をはかろうと首をめぐらせて時計を探した。その時、 「リーマス〜!」 「あ、お前、抜け駆けは許さねえ!」 「待ってよー何でそんなに早いのー」 驚愕に固まるリーマスの前に透明マントを脱ぎ棄てたジェームズが現れて、そのすぐあとにシリウスと、が続いた。リーマスは目を見開いたまま口を開けたり閉じたりする。(ここは、どこだ?)(なんでここに君たちが?)麻痺する頭の中で考えられたのは、傷つけたくないということだけだった。彼は慌ててあとずさり、来ないで!と叫んだ。 「こっちに来ちゃだめだ!」 「おいリーマス、俺たちは」 「来るな!来るな!!!」 シリウスの困った声を遮って、リーマスは必死で彼らから遠ざかろうとした。ジェームズとシリウスは彼の様子のおかしさに立ち止まるが、は気にせずにふわりとリーマスに近づいた。リーマスは泣きそうな顔でそれを見上げる。 「リーマス」 「…、どうして?どうして、こんなことを?」 「えへへ」 「もう時間だ。僕はもう、もたないよ」 リーマスは苦しそうに自分の手元を見つめた。びきびきと骨のきしむ音が聞こえて、彼の細くてきれいな手はだんだんと変形し始めていた。は彼の手に自分の手を重ね合わせて、ジェームズとシリウスに、教えてあげて、と小さな声で言った。 「何を?」 「…このことを」 「どうして、さ」 「知りたいからよ」 「いやだ!僕は、嫌だよ」 「どうして?」 「…受け入れられないのが、怖いから」 リーマスの絞り出すような声を聞いて、はくすくすと笑った。リーマスは不機嫌そうにそれを見返す。笑い事じゃないんだよ。けれどがそんな風に笑うと、ただ自分が些細なわがままを言っているだけのような気分になれた。ちらりと彼女の向こう側に目をやると、ジェームズとシリウスが静かな顔でこちらを見つめていた。 「ジェームズとシリウスが、受け入れてくれないはずないよ」 「まあ…そうなんだけど」 「ね?」 は満足そうに微笑む。リーマスは諦めたように溜息をついて、言った。 「ジェームズ、シリウス、僕は」 「……」 「……」 食い入るように自分を見つめる友人たちの顔を目に焼き付けようと、リーマスはしばらく黙ってそれを見つめていた。たとえこうして彼らを失ったとしても、彼らは今、今にも恐ろしい化け物になってしまおうとしている自分から逃げ出さずに話を聞こうとしてくれているじゃないか、と、そう思った。 「人狼なんだ」 意外にすんなりとはっきりと、その言葉はリーマスの口から出た。ジェームズとシリウスは神妙に頷いた。なんで驚かないのかと、リーマスがいぶかしげに首をかしげる。その時、ぴしり、と嫌な音がしてリーマスは自分の体を見降ろした。腕はもうほとんど凶暴な爪をもつ灰色のものになっていて、さらに足も変形を始めていた。ジェームズが焦った声で言う。 「リーマス、知ってたんだ、僕たち。でも、君の口から言って欲しかった」 「もう時間がねえな。俺たちは、そろそろ、行かないとな」 「でも君の口から言ってもらえて、良かった」 「それだけが、俺たちの、望みだったから」 親友だからさ、とかそういうことを言って、ジェームズとシリウスは身をひるがえしてどこかへ行った。半分人狼と化してしまっているリーマスは、単純な思考しか考えられない頭のままで、でも暴れまわらずにそれを見送った。ふと首をめぐらせるとがにこにこといつもと何も変わらない微笑みを浮かべていた。 「リーマス」 「…(なに?)」 「良かったね」 「……うん」 「今日は、わたしがずっとここにいるからね」 「……(うん)」 その晩リーマスは月を眺めてすごした。はその横でずっと微笑んでいて、たまに何か優しいメロディーを口ずさんだ。だいぶ夜が更けるまで彼らはずっとそこにたたずんでいて、月の光は柔らかく優しく、それを照らした。 |