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「眠い…」 「17回目」 魔法薬学の湿った教室でリーマスが呟くと、横に座っていたジェームズがすかさずカウント数を増やした。リーマスは、うん、と答えぼんやりとした顔のまま教授が黒板に書く文字の羅列を目で追う。シリウスが隣で羽ペンを退屈そうに回しているのが目の端でちらちらと回るので思わず目を向けた。シリウスは彼の視線に気づき、それから少し考えて、言った。 「リーマスさあ、お前、どうしたの?」 「え、なにが?」 リーマスが聞き返すとシリウスではなくジェームズが答えた。どうやらあまり授業には興味はないらしい。(でも僕ほど苦手ではないのが不思議だ。) 「最近、すごい眠そうだからさ」 「ああ…」 どうしたんだい?と心配そうな顔をするジェームズと黙ったままでじっとこっちを見ているシリウスにやんわりと微笑んでみせる。彼らはしばらくリーマスをみつめて黙っていたが、やがて諦めたように肩をすくめた。 リーマスには、このところ自分がすごく眠い理由は分かっていた。夜によく起きだしてと話しているからだ。彼女は最近ではだいぶ自分にうちとけてきてくれていた。話す内容はたいしたことではないし、彼女はいつも寝た方がいいとしつこいくらい心配するのだが、寂しそうな彼女を見ているとどうしても放っておけなかった。(それは建前で、本当は、いつも僕にうれしそうにやさしく微笑む彼女と少しでも話していたかっただけかもしれない。) 「大丈夫だよ、ありがとね」 そう小さな声で言うと、シリウスとジェームズは笑い返した。自分がこれだけ幸せなのに、あのやさしいひとを孤独なままにしておくなんて、(それを僕だけが助けてあげられることが少し嬉しくもある、し。)やっぱりできるはずない、と彼はぼんやり考える。 −−−−−− もう、すべてが寝静まってしまったころ。リーマスはそっと部屋を抜け出して談話室へと向かった。いつもと同じ窓際のところにがいて、満ちていこうとする月を眺めて青白い光に打たれていた。 「」 声をかけると振り向いて微笑んだ。(そう、彼女は僕に会うと本当にうれしそうに、笑うんだ。)リーマスはの隣まで歩いて行って、冷たい光を投げかける月を眺めた。横を向いて、目を細めて月を眺める彼女を見て、気づいたら尋ねていた。 「は、月が好き?」 「…?うん、好きだよ」 「そっか」 「リーマスは、あまり好きじゃないの?」 「うん」 「そっかあ…」 は不思議そうに首をかしげる。彼女がどれほど月を好きでも、自分があれを好きになることができる日は来ないのだろうと思うと少し、悲しくなった。(それは仕様のないことだ。)はリーマスの顔を見つめて、首を振る。 「やっぱり、好きじゃない」 「え?」 「そんなにリーマスが嫌いなら、好きになれないかも、月」 彼女はそう言って微笑んだ。どうして彼女には自分の思っていることがわかるのだろうか、と思いながら、ありがとう、と口を開きかける。その時。 「リーマス!」 叫び声にリーマスとは驚いて振り向いた。さっきまで誰もいなかった空間に、人影が立っていた。あれ、とリーマスは首をかしげる。ジェームズとシリウスが強張った表情で立っていたからだ。リーマスはしばらく状況が飲み込めずに、黙って彼らを見つめていた。シリウスが顔をしかめて言う。 「やっぱり、変だと思ったんだ…」 「リーマス、君、何かにとり憑かれてるんだろう!?」 「…え?」 とりつかれてる?リーマスはぽかんとした顔でジェームズとシリウスを見つめ、しばらくたってから、何を言ってるの、と苦笑を洩らした。けれど2人の表情は硬いままだ。隣を向くとは恐怖に固まった表情でシリウスとリーマスを見ていた。(どうしよう、怖がらせてしまった。)ジェームズがすかさず言う。 「リーマス、誰もいないよ、隣」 「おいリーマス、どこ見てんだ」 「(ああ、そうだ)別に…どこも」 「嘘つくなよ。聞いてたんだ、さっきまで」 「お前、誰と話してたんだ?」 「…」 「リーマス!」 「おい、とにかくそっから、離れろよ!」 「ジェームズ、シリウス、待って」 「いやいやいや待てない!」 「おいリーマス!」 「2人とも!やめてくれ」 こんなことを言われてが傷つかないはずはない。焦って隣を見ると、彼女の顔は真っ青になっていた。それでもリーマスの視線に気づくと少し微笑み、ごめんなさい、と声に出さずに言う。 「ごめんなさい…?」 「わたしのことは、わすれてください」 「!」 はいきなり駆けだして(足が地面にちゃんとついていなくても走れるんだ、という間抜けな感想が浮かぶ。)リーマスがそれを捕まえようと伸ばした手は彼女の、たしかにそこに存在しているように思える体をいとも簡単にすり抜けてしまった。は談話室を突っ切って扉も通り抜けた。レディの声すらしない。 「!」 リーマスは叫んでそれを追いかける。うしろからジェームズとシリウスの声がして、自分がどれだけその声を大切に思っているかは分かっていたけれど、自分が持っている幸せをあのひとがこれっぽっちも持てないなんて、そんなことは許されないと、そう思いながら必死で走った。 |