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「見えるんですか?」 彼女は今度はもう少しはっきりした声で(それでもまだ十分に小さい。)言った。リーマスはしばらく、この人は一体なにが言いたいのかとわりと真剣に悩んだが当然答えは出ずに、仕方がないのでため息をついてはっきり問いかけた。 「うーん…ごめんね、何が?」 彼女はリーマスの言葉を聞き、本当に信じられない、という顔をして、それから、嬉しくてたまらない、という顔をした。(終始無言なのだがそうとは思えないほど分かりやすい。)悪い人だとは思えないんだけれど、よく分からないし、ジェームズとシリウスを待たせている。リーマスは内心多少困惑しながら、しかしそれを表に出さないようにして彼女の言葉を待った。 「…えっと、」 「うん」 リーマスの視線に気づき、彼女は少し困った顔をする。よく表情の変わる人だ、と、いつもと同じゆるやかな笑みを浮かべたまま彼は思った。 彼女はリーマスに向かってゆっくりと歩いてくる。彼がその意味をつかめずに少し後ずさりをしてしまうと、彼女はひどく悲しそうな顔をして、それを見た瞬間に謝罪の言葉が口をついて出た。(このひとにこんな顔をしてほしくはない。) 「あ、ごめんね」 「え、いえ!」 彼女は首をまたやたらと激しく振り、心底困った顔で立ち止まる。リーマスは少しためらってから彼女に少し近づいた。彼女はそれを見て嬉しそうに微笑んでから、それでもすぐに困った顔に戻った。これ以上どうすればいいのか分からず、リーマスも黙って立ちつくす。彼女は顔をあげて、下げて、また上げて、申し訳なさそうな顔をして、それから首を何度も振って、リーマスの瞳を見つめて、ようやく口を開いた。 「実はわたし、えっ、なんだろ、とっ、透明人間なんです」 「………………」 リーマスはぽかんとした顔で真剣な彼女の顔を見つめた。とうめいにんげん…?けれど彼女の表情があまりに真剣すぎたので気づいたら、あ、そっかそうなんだーと間の抜けた返事を返していた。彼女は少し頬を膨らませる。 「信じてないですよね」 「…えーっと」 「さっき、証明しようとしたんです」 「え、なにを?」 「うーんと…手を、手を出してもらえますか?」 「…あーうん、はい」 リーマスは言われたとおりに手を出した。何やってるんだろう僕、と思いつつも、彼女のあまりの真剣さに口に出せない。でも透明人間って。透明じゃないのに、透明人間と言われてもどう反応すればいいんだ、彼はそう思いながら間抜けに差し出した自分の手を眺める。彼女は何か迷っているようだったが、思いつめた声で言った。 「ごめんなさい、一回しか、やりません」 差し出された骨ばった手に、彼女は自分の手を重ねて、それから通り抜けた。何の障害もなく、彼女の白い手は彼の掌を通り過ぎた。(それにしても手が小さい。)リーマスは目を見開く。彼女は本当に一回しかやらずに手を引っ込めて、気持ち悪いですよね、ごめんなさい、と無理に微笑んだ。(きっとやりたくなかったのだろう、こんなこと。)リーマスは慌てて言う。 「あ…ううん大丈夫!ごめんね信じなくて」 「え、いえいえ!信じないですよね、普通」 「ううん、ごめんね」 「だいじょうぶです本当に」 「そっか、良かった…ええと…つまりきみ、ゴーストなの?」 「…うーんと、でもゴーストって、透けてますよね」 「あ、そっか」 「それにわたし、あなたにしか見えてないと、思うんです」 「え?」 リーマスはまたぽかんとした表情になる。けれど彼女は真剣そのもので、その顔を見ながら、ああそういえばそうかも、と彼は思った。彼女が嘘をつくとは思えないし、そう考えればほかの誰も彼女のことを口にしなかったことが説明がつく、と。けれど。 「…?なんで?」 「わ、わかりません…」 彼女が申し訳なさそうにうなだれたので、リーマスは少しあわてて、君のせいじゃないよねそんなの、と言った。彼女は跳ねるように顔をあげてひどく嬉しそうに笑った。そんな風にめいっぱい笑われると(僕はあまり得意じゃない。)、見ているこっちが照れてしまう。彼はとりあえず微笑み返す。 「なんでか分からないけれど、よろしくね」 「はっはい…!あの、わたしの名前は、です!あなたの、お名前は」 「僕は、リーマス」 「リーマス…リーマスですね」 「うん。は、どこからきたの?」 リーマスがたずねると、は困った顔をして、それも分かりません、と寂しそうな声で言った。 「わたし、なにも覚えてなくて」 彼女は寂しそうに微笑んだ。気づいたらここにいて、誰にも気づいてもらえなくて、どうしようかと思いました、と微笑んだまま続ける。どうしてそんなことを言いながら微笑めるのか分からないけれど、(そういうのって、大変でしょ?知ってるよ。)でもとにかく、それがどれほどつらいものか言いようもなくて、リーマスは口ごもり、変なことを聞いたね、とやっとの思いで言った。 「リーマスが聞いたのは、変なことじゃないですよ」 「そう、かな。でも」 「気にしないでください」 「うん…」 「そんなことより、ありがとうございます」 「なにが?」 「わたしに、気付いてくれて」 がそう言って本当にうれしそうに笑った。ここまでうれしそうに笑われたことなんて、今まで生きてきてもあまり思いつかない。彼女がそうやって微笑むならそれでもう良いんじゃないかと、そういうことを勝手に思った。自分が彼女に気づけた理由は何であれ、それが彼女をこんな風に笑わせることができるなら、きっと恐ろしく素晴らしいことなのだ。 |