1st Sign
I'm carrying a sin.(ぼくは十字をせおっています)






彼が彼女に目をとめたのは、偶然だった。

けれど一度気づいてしまえば、灰色の制服と真っ黒のローブだらけの談話室で、真白なワンピースに身を包んで窓際にぼんやりと立っている彼女は恐ろしく場違いで、どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだった。


彼女は、幼い顔立ちと慣れなさそうな表情から判断すると自分と同じ年かそれより下のように思えた(もっとも、自分はもうここに慣れ切っていたが。)。彼は思わず周りを見回して、誰も彼女のことを気にとめないことを不思議に思う。横にいるジェームズに尋ねてみようと声をかける。しかし彼があまりに真剣な表情をしていたので、実際に口から出たのは別な質問だった。


「ジェームズ……えっ何どうしたの」
「リリーへのラブレターを執筆中!嗚呼、薔薇よりも百合よりもかぐわしい僕のリ」
「ごめん今の質問ナシ」


憤慨するジェームズにはいはいとあいまいな返事を返し、リーマスはもう一度彼女に目を向ける。黒い髪に黒い瞳。今度は単にもの珍しさから眺めていると、彼女がこちらを見た。リーマスの顔に少し緊張が走ったが、夜色の視線は彼を一瞬通り過ぎた。しかしそれからまた戻ってくる。


「……」
「……」


彼女は黙ってこちらをじっと見つめている。とても可愛らしいひとだから、シリウスだったらここで何か声をかけないと気がすまないと思うけれど、と彼は考える。なぜならシリウスは紳士だからだ。(まあ、それが時には困った結果になることもあるけれど。)しかしあいにくリーマスにはそこまでのモチベーションはなかった。彼は少し微笑んでから少女から目をそらし、便箋と格闘しているジェームズを眺め、読みかけていた本のページを開いた。


彼女はしばらくリーマスを見つめた。しかし彼はもう彼女の方を見ようとは、しない。彼女は首をかしげ、それから、諦めたような笑みをこぼした。






−−−−−






「あ、シリウスさ」
「ん?」


リーマスは目の前の目玉焼きの君をフォークでつぶしながら呟いた。黄身が白身の上にとろりと模様を描く。シリウスは綺麗な仕草でフォークを口元に運びながら先を促す。ジェームズは相変わらず便箋を見つめて、昼食も食べずにうなっていたが、とうとう飽きたのか顔を上げた。その拍子に眼鏡が彼の目玉焼きの真上に落ちた。


「あ」
「あーあ」
「お前馬鹿だろ」
「やめてくれー僕をそんな目で見るな」
「あはは」
「そんなことより、何だよリーマス」
「そんなこと!?」


談話室の窓際によく立ってる女の子とか、知らない?少し考えてからリーマスはそのような意味のことを口にした。本当は窓際に立ってるなんてことよりも、あのまるでどこかの病院の患者のような、真っ白なワンピースのことを言った方が良かったと、後から気づいた。


「あ?お前な、女のことは俺に聞けば何でも分かるっつーのは間違いだぞ」
「うわあ聞く相手を間違えた」
「この黄身…舐めとるしか方法はないのか」
「こいつに聞くよりマシだろ」
「あー…微妙だね…」
「まいったなー僕は目玉焼きはソース派なんだけどなー」
「は?塩だろ、だんぜん」
「リーマス!ソースとって!中濃!」
「…良いけどこれ眼鏡にかけたら友達やめるから」


ジェームズは本気で残念そうな顔をして、じゃあ諦める、と言って眼鏡をナプキンで拭き始めた。リーマスはソースを手に持って、少し考えてから、自分の皿にそれをかけた。窓際の彼女のことは、頭のすみに追いやられてしまっていた。彼の世界は、彼と、大切な数人の友人と、それから満月で構成されていたからだ。


「…あれ、ソース意外に合うんだね」
「だろー!?」
「え、マジ?リーマス、それ俺も」


シリウスにソースの瓶を渡しながら(ジェームズがものすごく得意そうな顔をしていてシリウスはものすごくウザそうな顔をしていた。)ふと視線を泳がせると、ジェームズの頭の向こうにリリーが見えた。ジェームズの手元にある便箋に目を移す。談話室で見た時よりは随分と進んでいるように見えた。


「ジェームズ、それ書き終わったの?」
「え、まだ僕の愛は書き切れてないさ」
「いや俺はもう心底充分だと思うぞ」
「僕も。あっちにリリーがいるけど、渡せば?」
「え!…リーマスのくせにリリーに僕より先に気付くなんて、生意気な」
「そりゃお前、位置の問題じゃねえの?」


シリウスは呆れたように溜息を吐くと、あまり興味無さそうにジェームズの書きかけの手紙に手をのばして、中身をちらりと見て、ものすごく後悔していた。リーマスはその様子を眺めながら、自分は彼と同じことは絶対しないととりあえず誓った。ジェームズは特に気にする様子もなく、リリーを目で追っている。


「ジェームズ、お前もうこれは限界だ、さっさと渡せ。俺のそばに置くな」
「いや…なんか実際にリリーを見ると、全然足りない気がしてきた」
「まだ書く気!?やべえ本格的に寒気がする」


リーマスはシリウスとジェームズを見て少し笑い、それからついここ最近の習慣で手をのばし、そこに彼の読みかけの本がないことに気付いた。持ってこなかったのだから当然のことだし読もうと思ったわけでもないのだが、それ以前に彼はその本を談話室に放置してきたということを思い出す。別にかまわないとは思うが、彼にしては珍しいことだった。


「あ、本わすれた」
「あ?」
「あー、最近読んでるちっさいやつかい?」
「それそれ。別になくならないと思うけど…どうしよ」
「いいんじゃねえ?つうかジェームズ、それは絶対にかけすぎ」
「え?普通だけど。っていうかシリウスにソースを語る資格はない」
「うん、なんかもう突っ込むの普通に面倒だから本取ってくるね」
「リーマス、お前、そっち本音?ってジェームズなにやっちゃってんの!?」
「シリウスにソースの正しい量を伝授かっこ強制!」
「うわあ…」
「ぎゃー!!」
「HAHAHAHA!」





−−−−−






談話室に戻ると、珍しく誰もいなかった。いや、正確には1人だけいたのだが、彼女はあまりにも静かに静かに立っていたから、リーマスは布張りのソファの上に広げたまま放置されている本(また自分もどうしてこんなに適当なことをしたのか分からない。)のところに辿り着いてそれを拾い上げ顔を上げるまで、彼女の存在に気付かなかった。顔をあげた瞬間に目が合ったので、自分のことをずっと見ていたのだと分かった。リーマスは普通に微笑み、口を開く。普通に。


「僕になにか用?」
「……」


リーマスがたずねると、少女は真っ黒な瞳をこれ以上ないくらい大きく見開いて、口元を手で押さえて、少し後ずさる。そんな行動をとられたリーマスも呆気にとられながら、この人よくわかんないけどすごく驚いてる、と冷静に思った。


「あ…ごめんね、驚かせて」
「…えっ、いえいえ、そんな!!!」
「う、うん」


ぶんぶんと首を振る少女の剣幕に押され(首折れそうだ。)今度はリーマスが少し後ずさった。もしかしたら話しかけたらいけなかったのかもしれない、だから誰も口にしなかったのかもしれない、という考えが咄嗟に浮かんだ。


「ほんとごめんね、それじゃ…」
「ままままま待って!待ってください!」


彼女はリーマスの言葉に跳ねるように顔を上げ、必死で頼んだ。リーマスは数度うなずいて、わかったからおちついて?とゆっくり言った。彼が彼女の様子から察したのは、シリウスがいつも面倒がっているささやかな恋の告白で、そういうことは初めてではないので冷静さを取り戻す。けれど断るのって可哀想だからあまり良い気分じゃないなあ、と彼はのんきに憂鬱に思った。


しかし彼女が途切れ途切れにノイズのように発した言葉は、彼の安易な予想とは全く、違うものだった。


「見えるん、ですか?」



訳が分からない。リーマス・J・ルーピンは、そう思った。けれどそれまでなかったものが、そこには立っていた。大切な友達と、楽しい日々と、たまに訪れる苦しみと、いつもつきまとう孤独の世界。そこにはなかったものが、目の前に立っていた。やさしい瞳をした、なにかが。

なんでかな ぼくはきみにどこかであったきがするんだ






   

(070727)