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きこえるのは、わたしをよぶこえ。(ねえ、どうして?) 薄暗いカーテンとシャンデリアがまるで何かの前触れのようにちらちらと揺れていた。わたしの不安を倍加させていくそのコントラスト。わたしはそれらの作る影にちょっと目をやりながら、そのものすごく背筋の伸びた女の人の後を黙って歩いた。なんか黙って歩いて欲しそうな雰囲気がびしばし伝わってきているし。 わたしはその人を真似して背筋を伸ばしてみた。乱れ切った鼓動の音をごまかしたくて。どきりどきり、とうるさいくらいの心音は、いくら堂々としていようと思っても収まってくれそうになかった。まっすぐ前を見たままで、その人が話しかけてくる。 「貴女のような例は非常に稀なのですよ、ミス・」 「あっ、はい。ありがとうございます」 「私は貴女が6年もの昏睡から目覚めたことを心より嬉しく思います」 「ありがとうございます。わ、わたしも嬉しいです」 「ですがそれと学校の勉強はまた別ですよ」 「はい(うわぁぁ…)」 「貴女の潜在的な能力は決して、決して悪くありません…」 「ありがとうございます」 「ですがやはり知識不足は否めませんね」 「はい…」 「私は貴女が今の年齢に見合った学年へ編入するのは正直不安なのですが…」 「…が、頑張ります!」 「ええ、大変よろしい。ダンブルドアもそう望んでおられますし」 わたしはついさっき出会った優しそうなおじいさんを思い出した。今世紀もっとも偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドア。両親とも魔法使いとはいえまるまる6年も寝て過ごしていたわたしには特に耳慣れた名前ではなかったけれど、会っただけでその深さは伝わってくる気がした。まるで別世界に生きている人のように、わたしはそのひとを思い出す。すごかった。こんなちっぽけな自分のことがどうでも良くなってしまいそうなくらい。 わたしなんてただ(…誰かに?)起こされて、ここに連れてこられて、帽子をかぶっただけ。 でもわたしが起きた時の両親の感激ぶりを思い出すと今でもちょっと泣きそうになる、わたしは何で自分がそうなったのかとか、どのくらいそうだったのかとか、いろいろと全く覚えていないから最初はよくつかめなかったのだけれど(普通に起き出して普通にリビングに行って普通に朝の挨拶をした時の、両親の顔といったらなかった。)両親があまりに幸せそうで、わたしはそれを見ているだけですごく幸せだった。だから本当はこんな全寮制の学校に来なくても良かったんだけどな。両親もすごく寂しがってたのにわたしが来なくちゃいけなかったあたり、そういうわけにもいかないみたいなんだけど。 「、着きましたよ。談話室です」 「あ、はい!」 「道を覚えるのにはしばらくかかるでしょうから、そうですね、エヴァンズかルーピンに紹介しておかなくては」 「ありがとうございます(誰かなあ…?)」 「次の変身術の授業の時にでも、みなさんには改めて紹介しますが」 「はい」 案内された先の部屋には暖炉の火が小さく揺れていて、やっぱり無駄にコントラストを生み出していた。わたしの不安感をあおっていくその影の色から目をそらす。全体的に暖かな色をした、居心地の良さそうな部屋だった。談話室というからには生徒が談話するための部屋だろうと思っていたのに、人影は意外とまばら。わたしが物珍しい空間にきょろきょろと視線をさまよわせると、数人の生徒がこちらに気づいて不思議そうな顔をしていた。 「まあ、ルーピンはどうせいないと思っていました」 「そうなん、ですか?」 わたしは何とも言えずにあいまいな返答を返す。今日は授業が休みの日らしいから、きっとどこかへ遊びに出掛けているのだろう。アクティブな人なんだな、そのルーピンさんって。マクゴナガル先生は、ついていらっしゃいと言ってさらに階段を上った。 「エヴァンズは寝室にいる、かもしれません」 「(かも…みんなアクティブなのかな)」 先生は迷いなく一つの扉の前に辿り着いて、なんの遠慮もなくばたりと開いた。中にいた生徒が驚いた様子で顔を上げる。赤い髪の毛の、とても綺麗な女の子だった。わたしはその子を思わずじいっと見つめる。 「(うわあ、美人さんだ…)」 「…?」 「ああ、エヴァンズ、この子は今日から編入する・です」 「よろしくおねがいします」 「編入、ですか?」 「ええ。監督生の貴女に、この子に色々と教えてほしいのです。ルーピンと協力のうえで」 「……(かんとくせい?)」 「ええ、分かりました」 「それは結構。ではミス・、またあとで」 「あ、はい!ありがとうございました」 マクゴナガル 先生は颯爽と去っていた。たぶん色々と忙しいんだろうと思う。でも別に忙しくなくてもあんな感じだろうとも思う。とにかく、わざわざありがとうございました、ともう一度心の中で思った。 部屋の中にはいきなり見知らぬ人を連れてこられたエヴァンズさんと、何もかも見知っていないわたしがふたりきり。沈黙。なんかちょっとこれって、当たり前だけど、きまずい。わたしはちょっと目を泳がせて、口を開こうとしたけれどエヴァンズさんの方が早かった。彼女の笑みはとても柔らかくて、大人っぽかった。 「はじめまして、・さん。と呼んでも?」 「あ、はいもちろんですエヴァンズさん!」 「ふふ、なんだか嫌だわ、そんな堅苦しいの。私のこともリリーって呼んでね」 「あ、うん…ありがとう」 「編入なんて、私初めて聞くわ」 「えっとね、わたしつい最近まで意識不明だったの」 「意識不明…?」 「うーん、なんていうか、何年も昏睡状態、だったんだって」 「とてもそんな風には見えないけれど…体は大丈夫なの?」 「うん、もう全然平気なんだ」 「それは…すごく、素晴らしいことだわ。おめでとう」 「えへへ、ありがとう。でもね、あんまり実感がないんだ」 「そうね、すごく普通に見えるわ」 「そうそう!だからね、普通にしてくれて全然いいから」 「そうなの?」 「うん!なんかね、昏睡してた割にすごくしっかりしてるってお医者さんにも言われたの」 「…私も、そう思うわ」 「うー、わたしはよく分かんないけど、言われてみれば不思議だね」 「本当に…本当に、普通ね。とてもそんな風には思えない」 「ほんとに?ありがとう。だから、別に気にしないでね」 あ、でも物事をあんまり知らないかなあ、と言ってわたしはへらへらと笑った。リリーもとてもにこやかに微笑み返す。何か本当、なんともいえないくらい美人だなあリリーって。わたしがそんなことを思わず考えていると、リリーは時計をふと見て立ち上がった。 「あ、そろそろ帰ってくるかしら」 「え、誰が?」 「リーマスとか」 「リーマス…?」 「あ、リーマス・J・ルーピンよ」 「ああ、ルーピンさんかあ」 「知っているの?」 「ううん。なんかさっきマクゴナガル先生が言ってたから」 「そうそう、ルーピンと私は監督生なの」 「えっと…監督生って、何なのかな?」 「ええと、そうね…生徒のまとめをする役、かしら」 「まとめ役かあ…えっ、なんかすごく、偉い?」 「ふふ、別にそんなに偉くないわ」 リリーは微笑んで、ついてきて、というと部屋を出た。そのまま階段を降りてさっきの談話室に戻る。相変わらず人影は少なかった。こんなところは知らないのに、それを見ると少しもの淋しい気がしてしまう。 「あら、今日は人が少ないのね」 「そうなんだ(やっぱり)」 「いつもはもっといるわ…まあ、ジェームズもシリウスもリーマスもいないから、彼ら目当ての子たちがいないのかもね」 「目当ての子たち?」 「うーん、見ればわかると思うわ。ファンみたいなものよ」 「ファン?うわあ、すごいね」 「そうねえ、よく分からないわ」 「あはは」 リリーが首をかしげて談話室の入り口を向いたちょうどその時、そこがぱたりと開いて人が3人が入ってきた。リリーは入ってきた人たちを見て、あ、と声を上げる。たぶんルーピンさんがあの中にいるだろう。予想通り、リリーはそのひとりに声をかけた。 「リーマス、」 「なななななな!?ちょ、リリーなんでリーマスに一番に声をかけるの!?なんで!?」 「ほんとお前って可哀想だよなジェームズ。今さらだけどな」 「ん、なに?リリー」 「実は、」 「こらこらリーマス無視しなーい!リリーも!」 「ごめん、ジェームズは俺が黙らせとく。ガムテープかなんかで」 「ああうんありがとう。すごく助かる」 「ジェームズ、ちょっと静かにして。話が進まないじゃない」 「了解しました!」 「うぜえー限りなくうぜえー」 ……なんか、すごいな。わたしがその時にもった感想はそんな感じで、ファンだとかなんだとかついているらしい方面での彼らのすごさについてはよく分からなかった。っていうかなんかかっこいいとかそういう次元じゃないと思う。 そしてリリーがたぶんルーピンさんにわたしを紹介しようとしたんだと思うけど、彼女はわたしの方を手で示して、ルーピンさんがそれに従って顔をあげて、それで、 目が合った。(ああすごく静かな色をした瞳だと一瞬、思って。) けど。ルーピンさんはなんだか表情が一瞬で一変した。幽霊でも見たかのような顔でこっちを穴があくほど見つめている。どうしようなんだか正直ちょっと怖い。わたしは思わず自分の後ろを見た。何もない。ルーピンさんはますますわたしを見つめる。えっと…どうしよ。わたしはとりあえず半笑いを浮かべた。 「……………………」 「あの子ね、今度来た転入生の…りっ、リーマス?」 「……………………」 「リーマス?」 「……………………、え」 「え?」 「なんで?」 「なんでって…リーマス、あなたこそどうしたの」 「なんで……………」 そう呆然と呟くとルーピンさんはわたしのほうにつかつかとものすごい速度で歩み寄ってきた。わたしはその剣幕に驚いて身を固くする。ルーピンさんはわたしの様子を見て一瞬立ち止まって、それからまたすぐに今度は幾分ゆっくりと歩きだして、すぐ目の前まで来た。わたしはそのものすごく真剣な顔をまじまじと眺める。あ、うん、美人さんだな。 美人さん、なんだけど…なんだろう、なんで、そんなに、 「」 なんでそんなにうれしそうに、わたしの名前を呼ぶんだろう? |