perverseperverse
知ったこっちゃねえよ、と目の前の男は捨てるようにスラングでそう言い放ったのだ、あたしの目の前で。
「知られたくも無いし」
「だろーな」
「うっさいよもうあっち行け往け逝け」
「文字化けかよ」
「ちがいますー」
「はっ!可愛くねえの」
「ひー禁句!禁句だそれ…」
「知ったこっちゃねえ」
きっと人には踏み込まれたくない領域とか踏み込んで欲しい領域とかそのどちらもが同時に存在していると思うけど、彼には何も解らない気がした。かっこつけて全て歪めてばかりで、それが現実として上手に機能している彼には、とてもとても、解る筈が無いと。彼のように捻子くれが本当に似合うような人には、脆くてそれでいて美しくも無いものなんて想像も出来ないと思ったし、想像する必要さえ無い。それはあたしさえそう納得できているステイタスというもので、皆が生まれた時から、そして捻子くれた存在を知ってからというものずうっと欲しがっているものだ。顔には出さないが香りがその憧憬を告げる。そしてそれを彼が解っていないはずも無いから、ますますかれはきりきりと張りつめた空気を漂わせながら颯爽と歩いてみたりなんてするのだ。
あたしは惨めで泣きたくなったが、ここで泣いたらますます惨めだというのは歴然としていた。だからその惨めさを避けるためだけに、あたしはシリウスブラックを睨みつけて気を落ち着かせようとした。そして彼が何を笑っているのだか、あたしには解らない。醜くて脆いあたしを彼が解らないのと丁度同じ様に、あたしには捻子くれをいつも玩んでいる彼の心情など理解できない。
なくなよな、と彼は言う。
「泣いてないよ」
「ああ、まあ、まだな」
「ほら」
「まーな」
「つうかあんたもうどっか行け」
「そしたらお前がかわいそうじゃねえか」
「そんなことないよ」
彼は本当に何も解っていないわけで、彼を責める事はあたしには出来ない。かと言って理解を求める事の方が間違っていると云ってしまうのはあまりに哀しいが、それでもシリウスに何らかの罪を見出す事は出来ないのだ。自分が全て悪いような気になってしまう、そんなことはない、はずなのに。あたしは微かに憧憬を覚えながら、その横顔を暫く眺めた。沈みかける赤い日がそこに映っていた。奇麗。
「どうせ振られたんだろ」
「……」
「はーもうお前しょうがねえよ可愛くねえもん」
「ああ、この男は死んだ方が世のためですかみさま…」
「そういうのは怖いからやめて」
「シリウスさんはデリカシイを覚えなさいよ」
「は?無理無理」
「あっそう…」
てめーのせいで少し哀しくなったと云って、あたしはその奇麗な横顔から顔を背けた。シリウスが厭そうな顔をして見ているのは完全に無視したが、心の中では視線がいつまでも離れないで居る事を望んでいた。何処も彼処も嘘ばかりで本当に厭に為ってしまう。さっきのも嘘で、ほんとうは、最初から昔からずっとずっと哀しかったのだ。あたしも捻子くれてみたいとそればかり願っていた。そう願う時点でそれは不可能な事だと頭の隅で解ってはいたが、その願いはまるで澱のようにあたしの頭に、その隅のほうにこびり付いて離れない。
今日あたしが振られた男の子は悪い人ではなかった。それは覚えているのだが、もうその人の話していた事とか、好きなものとか、考えとか、仕草とか温度とか声とか匂いとか視線とか、さっぱり思い出せなくなった。哀しくて記憶からシャットアウトしてしまっているのか、それとも最初から興味が無かったのか。あたしにはどちらかと云うと後者の様に思えてしまう。しかしそれも負け惜しみかもしれない。確かに悪い人ではなかったはずだ。
「悲しいなら泣いて良いじゃねえか」
「あたしが?」
「お前以外に誰が居るんだよ」
「だって、あんま」
「あ?」
「哀しいんだけどね、そうじゃないんだよ」
「は?そうじゃないって、」
「悪い人ではなかったと思うけどね…」
「お前そりゃー負け惜しみだな」
「はは…」
「何が可笑しいんだよ」
「あたしもそう思うんだ」
「負け惜しみ?」
「そう」
「フーン」
「っつかそう思わないとやってらんない」
「何で?」
「それは、秘密だよね」
「はあ?」
「はあ…」
「俺ら今微妙にニュアンス違ったよな。おもろい」
「全然まったくおもろくないし。あんたバカ?」
「可愛くねー」
「はっはーん」
悪い人ではなかった程度の彼を失ったことの悲しみなんて、あたしが今までずうっと感じている哀しみのせいで麻痺してしまっているのか余り気にもならない。黒い絵の具の中に灰色の絵の具を混ぜるような感じだ。そう云えば彼は灰色の瞳を持っていたような気がするが、それさえもう余りにも不確かだ。あたしはそんな生暖かい視線じゃなくて、突き通すような捻子くれた視線が欲しかったんだ。何かが突き通してくれなければ、日常はとてもつまらなくて、そう思ってしまっているあたしの頭の捻子はそろそろ緩んで来ているのかもしれない。緩むんじゃなくて、歪んでくれたら良いのに。もうずっとずっと憧れて、きっと手に入らないけれどそういうのが良いのだと思っているような、そんな感覚を、きっと捻子が歪んでくれたら手に入れられるかもしれない。世界を見下すその視線。でもそんなものあたしには必要なくて、それよりもそれをいつまでも、他の誰かじゃなくてシリウスが持っていてくれたら、それで良いと思う。
君の話している事とか、好きなものとか、考えとか、仕草とか温度とか声とか匂いとか視線とか、そんなものばかりが頭の隅にこびりついて離れないんだ、澱のように。もちろん、あたしはそう云わなかった。ただ赤い日が沈んでいくのを、息を殺して眺めていた。隣からシリウスの煙たい香りがして、それで満足して。
050126(名前1回しか出てないし。無理やり)