(ここは、そう、) 野 良 猫 の 住 む 町
(こんなにも何も無くて、寒くて寂しくて、風が冷たくて。灰色で。)
(野良猫だって、住めはしないだろう。こんな町に。こんな世界に。)
「ありがとうございましたー」
店員の爽やかで白々しい声を背に受けながらあたしは店を出た。外気が肌に突き刺さる。
手に抱えた紙袋には、必要なものが入っている。食べ物とか、食べ物とか、ああ、今日は食べ物だけだ。
まあたいていはそうなのだが。何もいらないと思っていても食べ物だけはどうしようもなく必要だからだ。
本当は他にもいくつか欲しいものは有る。服とか、時計とか。まあ、あたしも乙女だというわけだ。
でもとりあえずそれは後回しだった。突然、生活感に満ちた人生を嘲笑いたくなりながら顔を上げた。
空を見上げるのは学生の頃からの癖だった。特に意味の有る行動ではなかったが、好きだった。
あの頃は何故かいつも明るくて青くて透き通った空気がそこに浮かんでいたような気がするのだ。
もしかしたらそうではなかったのかも知れない。あの頃だって、曇ったり雨が降ったりしたものだ。
でもあたしの記憶の中で、空はあまりに眩しくて、綺麗で、暖かかった。掴めないものだった。
少なくとも、こんなに濁った今にも落ちてきそうなものではなかった筈だ。
溜息を吐いて、あたしは足を速めた。こんなところでぼんやりしている暇なんてきっと無い。
家に帰って何をすると言うわけでもないのに。何故かぼんやりする余裕も無く、急いでしまう。
風が冷たいからだろうか。人が冷たいからだろうか。何もかも、冷たいからだろうか。
こんなセンチメンタルな考え方をしてしまうのは冬だからだと、自分に言い聞かせて歩いた。
◆
何処をどう歩いたのやら、あたしは何故か公園の手前にいた。苦笑してしまう。
何をやっているんだろうか。こんなに寒いのに、さっさと帰らないのか。帰っても誰も、居ないけれど。
苦笑したまま公園に足を踏み入れた。こんな子供っぽいこと、ひどく久しぶりな感覚だった。
帰りたくて堪らないあの頃に、少し似ている気がした。どうしてこんなに帰りたいんだろうか。
まだあたしは大人になりきれてないんだろう。一人称もあたしなままだ。みんなもう、わたしなのに。
こんな町で生きていけないような気がしていた。野良猫以下な、あたしなんて。
ふと気付くと、目の隅っこに映っているベンチに誰か座っていた。少しぼろぼろの服を着ていた。
掌を額に当てているせいで顔は見えなかったが、何となく、綺麗な髪の色だなぁと思った。
それはあたしの記憶の中のある人物の髪の色と同じなのだと、だから惹かれるのだと思い出した。
あの頃は難しいことなんて今思えば何も考えて居なくて、それでも生きていた。庇護の下にあった。
惹かれる輝いたものだって周り中にあった。なのに今はもうほとんど何も思いつかないのだ。
その中でもあたしがあの頃一番惹かれていたものは、
(その人は掌を額から離して顔を上げた)
リーマスルーピンという人だった。今でもまだ、暖かく輝かしく思い出す。
「あ」
あたしは思わず声を上げて硬直した。その人はあまりにも、リーマスに似ていたからだ。
「あれ、?」
その人が驚いた顔をして言った。でも、あたしはもっと驚いた。よりによって今、こんな気分の時に
会えるなんて思っても見なかったからだ。そういえば明日はクリスマスイブだが、あまり関係ない。
「うん」
急いでそう答えた。それは学生の頃からの癖だった。癖というか、緊張してそうなってしまうだけだ。
リーマスは相変わらず素敵に優しく微笑んだ。あたしは何だかくらくらして、子供だとつくづく思った。
まだあの学生の頃から成長できていないんじゃないかと。だからあたしは、野良猫以下なのだ。
「久しぶりだね」
そう言うリーマスは少しやつれていて、やはり服は最初に見たとおり古ぼけていた。あたしは顔を歪めた。
こんな町でこんな良い人が何をしているんだろう。どうして、こんな目に会っているんだ。
そう言いたかったけど、それはひどく我儘な言い分で、あたしはそういうキャラじゃなかった。
大人にもなりきれて居ないのに、子供みたいに無邪気なわけでもなかった。しかしそれは昔からだ。
「老けたわ、リーマス」
第一声がそれかい、と彼は面白そうに言った。やはりリーマスはリーマスだった。当たり前だ。
「ここに住んでるの?」
「そうよ」
「へえ、知らなかった」
「会わなかったわね」
「狭いのに」
「ええ。何も無いところ」
思った以上にとげとげしい声が出て、あたしは驚いた。リーマスも怪訝そうにこちらを見上げた。
その視線に力なく微笑んで答える。貴方に会うと分かっていたら、きっともっとお洒落をしたのに。
今のあたしは、食料品しか入っていない袋を抱えて、極め付けに何もかもに疲れている。
「住んでるのによく言うよ」
リーマスはおかしそうに笑った。あまり気にしていないみたいで、あたしはほっとした。
でもよく考えると、彼の方があたしよりずっとくたびれているような気がした。そうだ、何より。
「残念だったわね」
「え、何が?」
「ポッターと、ブラックと、ぺティグリュー」
「ああ・・」
唐突だねずいぶん、と言っただけで、彼はまた微笑んだ。ひどく辛いはずなのに。
あたしは他の人々とはほとんど面識が無かったからあまり悲しみを感じはしなかったが、
リーマスがあたしなんて想像もつかないほど悲しいだろうということはなんとなく分かっていた。
彼の方がずっと、あたしより色々、苦しんでいるはずなのだ。こんな薄汚い町で。
「どうして」
「ん?」
「どうしてリーマスが、そんなに大変なのかしら」
「・・そう見える?」
「見えるわ」
「あはは、失礼だなぁ」
「違うの?」
「・・」
違わないかもね、と彼は微笑んだまま視線を少し落として言った。寒い風が吹いていた。
あたしはぐるりと周りを見回して、それから空を見た。やはり何もかもが灰色で冷たく、空は落ちてきそうだ。
「あたし、嫌だなぁ」
「何が」
「リーマスが大変だと」
「・・ありがとう」
「嫌だなぁ、本当に」
「あはは」
「ああ、我儘なこと言ってごめん」
「嬉しいよ」
「嬉しい?」
「うん」
何が嬉しいのか分からなかったけれど、彼が嬉しいのならあたしはそれで全く良かった。
こんなこと言うキャラじゃないと分かっていても、言ってみて良かったと思った。
彼はひどくささいなことでも喜んで笑ってくれて、その笑顔はいつも人を幸せにしていた。
こんな冷たい町でも、彼はやっぱり、微笑んでくれた。あたしは子供すぎるんだろう。
「何か、あれよね」
「あれって」
「この町は、冷たいわ」
「あはは何それ」
「あたしが甘えてるだけね」
「うーん・・」
「リーマスはそれでも笑えてる」
「それはただ笑ってるだけ」
「凄いと思うよ、それ」
「そう?」
「あたしは、野良猫も住めないような気がするのよ、こんな所」
「・・」
「見たこと無いわ」
「僕はあるよ」
あたしはリーマスを見下ろした。彼はあたしに一瞬目を向けて、楽しそうな顔をして続けた。
「きのうあそこにいたから」
長い指で滑り台を指差す。その上に、なんだかよくわからないものが置いてあった。
ああ、あれは、なけなしのお金をはたいた猫の餌ね、と彼は面白そうに言った。
「今待ってるとこ。一緒に見ない?」
彼は微笑んでベンチの隣を軽く叩いた。やっぱり貴方は偉大ね、とあたしは呟いた。
そうでもないよ、と彼が笑うので、あたしも楽しくて笑い出した。ベンチにすとんと座った。
どこからか、野良猫の鳴き声がする。
031223(いっかい全部消して書き直しました。めんどかった★話は変わりましたけどやっぱショボい)