肩こり腰痛胃腸が弱い頭痛持ちです それもまた あーそういうのも、ありなのか
孤独虫(こどくちゅう)(聞いたこと無い、って?)(そりゃあね)










僕は思うのだ。

人は誰しも、心の中に孤独の寄生虫のようなものを飼っていて、それを手なずけている人が孤独ではないのだと。
だから僕は孤独を無くすのではなく、それを無視するべきなのだと。手なずけるのは、僕には無理だ。


きっとそれを無くす事が出来ないから、昔から色々な人が孤独について語ってきたのだ。ああ全く、ヒマ人ばかり。
かく言う僕もここで自分の仮説を打ち立ててみたわけだが、まあ仮説は仮説だ。ごはん食べに行こう。




  ◆




「あ、」


目の前にいた女の子が声をあげたので僕は吃驚した。しかも彼女は僕の顔をまじまじと見ている。何なんだ。
そう思って僕が何か言おうとしたのを見て、その女の子は息を呑み、


「え、や、なんで、もないで、すすいません」


と区切る箇所を間違えた言葉を残して走り去った。僕はそれを呆然と見送る。昼過ぎ。一体、何だったんだ。

やけに日差しが暖かくてそれは僕の孤独感を水増しした。雨も晴れも、僕の孤独感を増長してゆく。
誰かがそこにいたということが信じられず、彼女と言葉を交わした(交わしたのではなく一方的だが)なんて
更に信じがたいのだ。他人とコンタクトを取るのを久しぶりに、まるで異星人に出会ったかのように感じた。

正確には、さっきまでジェームズ達と一緒に居たのだが。慢性的な強い孤独は、僕の症状である。
それはきっと、喘息持ちとか眼が悪いのと同じようなものだ。あるいは、後天的なものなのだろうが。


僕の孤独虫は、肥りきっている。




  ◆




「あれ」


目の前に居る女の子を見て、僕は思わず声をあげた。彼女は気付かずに本のページを繰っている。
少し顔を傾けるとその本のタイトルが見えた。「暴くべきは少年か村人か!童話・狼少年の真実」。げっ。


「ルーピン、早くしなさい」
「あ、はい」


マダム・ピンスに声を掛けられて本を返却する。その視界の端で、女の子が弾かれたように顔を上げるのが見えた。
きょろきょろと周りを見回す彼女と眼が合ってしまったので、とりあえず会釈しておいた。驚かれる。
この人も多分アレだ、何かよく知らないけど僕のファンってやつだろう。全く、ヒマ人ばかりだ。

彼女はとても慌てた顔をして会釈を返し、そそくさと立ち上がってすこし離れた所に座った。
何がしたいんだろうか。まあ僕に分かるはずも無い。マダムが僕に叩きつけるように本を返す。
僕は笑って、痛いじゃないですか、マダム。と言った。あらごめんなさい。マダムの上の空な声。まあいいか。




「あ、あの、マダム・ピンスは」
「わ」


後ろから急に小さく声を掛けられて僕は吃驚した。さっきの女の子が、いつのまにか立ち上がって後ろにいる。
僕を見て、バツの悪そうな顔で微笑んだ。近くから見ても見覚えが無いので、下級生なのだろう。

シリウスに、お前のファンはガキが多くて、俺のファンは大人が多いんだよ、と言われたのを思い出す。
そして僕は、どうでもいいし、と答えたのだった。


「すいません、驚かせてしまって・・」
「いや、良いよ」
「マダム・ピンスは、ちょっと具合が悪いんです」
「あ、そうなんだ?」
「はい。昨日から」
「ふうん、どうりでおかしいと思った」
「あ、はい。気にしないであげた方がいいですよ」

無論、言われなくてもそのつもりだ。でも彼女の心がけは、立派だと思う。気がきく人というのはいるものだ。
でもどうしてこんなにひそひそと話すのだろうか。朝からどうも、気の小さい人なのだとしか思えない。

「そっか、ありがとう。ところで何で、そんなに声が小さいの?」
「・・・ここ、図書館じゃないですか」
「あー・・そっか」
「あはは」


それで、ごくごく当たり前のことなのだが、僕は今、初めて彼女の笑った顔を見たのだ。
その事実に酔いしれている。誰かの笑い声に囲まれて、孤独ではない自分。慢性的な寄生虫が、息を潜める。


「ルーピン、さん、ちょっと・・」


現実に引き戻されて、僕は不機嫌な気分で曖昧な笑みを作った。マダムが申し訳なさそうな顔をしている。
さん、と言うのか。当然ながら、今初めて名前を知ったわけだ。さん、さん。

そのさんは心配そうな顔でマダムを見る。具合が悪そうだと、思っているのだろう。同感だ。




  ◆



結局のところ、やはり想像通りでマダムは非常に具合が悪かったらしい。顔が真っ青だったし。
カウンターで返却の受付をやってくれないかと頼まれ、さんはすぐに頷いた。僕も頷く。
よろよろと出て行くマダムを、さんはさっきと同じ心配そうな顔で見送っていた。



「あ、あたしやりますから良いですよ」

彼女は振り向いてそう言った。は、何の話だったっけ。ああそうか、返却の受付をするんだった。
ちょっと面白い状況だ。マダム・ピンスがいない図書館で、僕が受付。良いね、何とも珍しい。


「僕もやるよ」
「え、いえ、良いですよ」
「マダムは、僕にも頼んだんだし」
「ですけど・・」
「ヒマだし、やらせてくれる?」
「あ、はい・・お願いします」
「うん」


へえ。この人、僕のファンって訳じゃなかったみたいだ。どっちでも良いんだけど。




  ◆


それから1度ジェームズが来て、何やってんの俺にもやらせてーとか言うのを追い出すのに苦労したが、それ以外は順調だった。
順調は退屈と直結する。僕は欠伸を噛み殺して手元の本を眺めた。内容はあまり、頭に入らなかった。
裏返して自分の読んでいた本のタイトルを見てみる。「暴くべきは少年か村人か!」・・・げっ。


「この本」
「え?」
「ごめん、これ君が呼んでた本でしょ。間違った」
「あ、良いんですよ。もう返す予定でしたから」
「読み終わったの」
「はい、さっき」


ふうん、さっき。あ、だから急に後ろに立っていたのか。多分。裏表紙を見てみる。返却印が押してあった。
さんは笑って、あまりおもしろくなかったですよ、と言った。読んではないけど、同感だ。

「僕ね」
「はい?」
「最初君は僕のファンじゃないかって思ってたんだ」
「・・・」
「あ、何か自惚れてるみたいだね」
「そんなことないですよ、そうですから、ファンですよ」
「あー、そうなんだ?ありがとう」


その時僕の彼女に対する興味は、確実に半減した。冷め切った気分が体温までを下げ、頭もとても冴える。
つまらない。僕のファンって、何。つまらないけれど、まあ、それだけのことだ。悪くも無い。


「それで、あ、朝は失礼しました」
「あ、いや良いよ別に」


そういえば。僕は今の今までまで忘れていた。この人に会ったのは今日が初めてだ。しかも、廊下で見ただけ。
結構いろんなことが起こるものなのだ、人生って。それはきっと、色々な人がいるからだろう。

色々な人がいれば居るほど、僕の孤独感は増す一方である。慢性的に。あ、そうだ。偏頭痛の方が似ている。
慢性的な、慢性的な。防ぎようも無い孤独感。肥え太っていくばかりの虫。何て、間抜けな僕。


「ルーピンさんとこんなに話せて」
「ん?」
「すごいですよ、今日、あたし」
「そう?あはは」
「でも、遠くから見ているほうが良いとも思ってました」
「あ、幻滅した?ごめんね」
「いえ、それは、全然無いんですけど」
「うん」
「何と言えばいいか・・迷惑なんじゃないかと」
「そんなことないよ」
「いえ、ルーピンさんは、優しいから。本当は、騒がれない方がいいんじゃないかって」
「そう見えるかな?」
「見えるって言うか・・ちょっと孤独感ただよってるっていうか」
「・・・」
「それがまた格好良いんですよ、あはは」
「初めて言われた」
「え?」
「そうかな」
「どっちにしろ、良いんですけどね」
「ふうん、そうかな」
「ええ」


僕は幸せです。素晴らしい友達も居るし、好きにやってるし、孤独になんか見えないという外聞も満たして。
そして彼女の絶妙な距離感。最初からずっと気になっていたのは、そのせいなのだろう。
慢性的な孤独を抱えても、案外楽しくやってけるのじゃないかと、僕はふと、思いました。


ガラガラっ。


「ああ、さん、ルーピン」


現実に引き戻されて、僕は不機嫌な顔でマダム・ピンスを見た。どうも今日は、彼女と相性が悪い。
さんは微笑みながら、いいえ、楽しかったです。と言った。楽しかったです、か。ふうん。

マダム・ピンスはこ思い出したようにポケットから僕達に1塊ずつのチョコレートを渡し、うふふと楽しそうに笑った。
僕達は上機嫌でかび臭い図書室を後にした。そこで初めて、僕は彼女が僕と同じ寮だと知ったわけだ。



  ◆



「あ、それじゃあ、失礼します」
「うん・・・あ」


さんは女子寮の方に登りかけていた足を止めて振り返った。何で、あ。とか言っちゃったんだ、僕は。
分からない。分からない。が、まあいいか。孤独な虫は影を潜めている。しかし居なくなったわけではない。
そして彼女は、それもまた格好良いと、褒めてくれたわけだ。そういう見方もあると僕は今日初めて知った。


「あー・・さん、名前は?」
「あ、そうですね」


何がそうですねなのか分からないが、まあいいか。彼女は何故か少し躊躇ったあと、です。と言った。
僕は、そっか、じゃあね、と言って彼女に手を振った。消えていく後姿。ふうん、ね。
















040516(もうツッコミどころが分かりません)