+++勇敢な敗走者--the day after the full moon+++
後姿に声を掛けようかどうか迷っていた。あたしと彼を隔てているものは何も無くて、できれば彼が
今にもこっちを向いてあたしに気付けばいいのに、と思った。その望みは、叶いそうに無いけれど。
後姿はどんどん遠ざかってゆく。あたしは遅れないように小走りでその後に続いた。声を掛けるべきか、否か。
しかしここまで追いかけてきて声を掛けないというほうが、どう考えても不自然だ。ああ、仕方が無い。
「リーマス」
「ん?」
彼は非常に普通に振り向いた。街角で、ちょっとそこのお兄さん、とアンケートの人に呼び止められたように。
彼の顔には何の感情も宿っていなかった。後ろから声を掛けられたという、驚き、さえも。
「あれ?あたしが後ろに居るの、知ってた?」
「いいや」
「驚かないんだね」
「うん、まあ」
「えっと、元気ない?」
「そんなこともないよ」
そういって笑う彼の顔は元気が無かったが、あたしは黙っていた。黙って微笑み、頷いた。
喉元までせり上がって来る何かを、必死になって塞き止めていた。強要されているわけではないのに。
何か聞きたいことがあるような気がするのだが、自分が何を聞きたいのだか分からなかった。
いや違う、何を聞きたいのか分からないわけではない。
例えば、元気が無いのは顔を見てすぐに分かる。なのにどうして嘘をつくの?とか、聞いてみれば良い。
「どうかしたの、?」
「ん、なんでもないよ」
「ふうん」
あたしは、聞きたいことを聞かないままで済ませられる距離を、求めていた。
「おなかすいたね、リーマス」
「ああ、うん」
「ココアが、飲みたいな」
「僕もだよ」
「談話室に戻ろうとしてたんでしょう」
「うん」
「あたしも。戻ってココア、つくる?」
「そうしよう」
「うん」
「行こう」
彼はそういって手を差し伸べた。昔は彼のさりげなく優しい、そういう一挙一動にドキドキしていたものだが、
英国紳士が女の子を扱う時には、みんなそうなのだと教えられた。正直、少しがっかりした。
なるべく自然に見えるように彼の手を取ろうとして、腕に包帯が巻いてあることに気づいた。
リーマスが、それを見て、手を引っ込めかけた。あたしは気付かないふりをして、その手を取った。
「はあ」
「どうしたのリーマス?」
「いや、なんでもないよ」
「ふうん」
彼は明らかに、安堵の溜息をついた。あたしは不思議そうな顔をして見せた。大丈夫、まだ上手くやれる。
あたしは何も気付かないで、それでいて何でも分かっているような顔をして、にっこりと微笑んだ。
リーマスも嬉しそうな顔をする。と会うと、元気が出るよ、だってさ。この、英国紳士め。
実のところあたしは何も分かっていなくて、それで居て妙に敏感で、いろんなことに気付いている。
どうしてこうも上手く行かないのか。リーマスは、何で何も言ってくれないのだろうか。
あたしは何も分からないのに、彼のことを理解しているフリをしなければならない。何て理不尽なんだろう。
「って、良い子だね」
「そうかな」
「うん」
「あは、まあねー」
「・・うーん」
「・・・あはは」
そんな理不尽な彼への憤りも、彼の穏やかな微笑を見たとたんにあっけなく氷解してしまうのだ。
聞きたいことを聞かないままで済ませられるような距離にはまだ、程遠いけれど、そうなるために、
あたしは、リーマスのためなら、いつまでもこの演技を続けていられるだろう。それも、酷く上手に。
いつか、彼が話してくれるまで。たとえ、いつまでも話してくれなくても、ずっと。そう、ずっと。
040614(リーマス愛してる!)