不完全カタルシス
あの時の言葉を僕は今も飲み込んだままで
「ねえ」
にこりと微笑まれる。心臓が高鳴る。慣れてしまった感覚に表情を動かさずに振り向く。
が立っていて、僕はそんなこと知っていたのに白々しくも言うのだ。
「ああ、か」
彼女はにこりと微笑んだ。心臓が高鳴る。
僕にとって腐りきった空気を浄化するかのように彼女は手を振り回した。
疲れた顔で暫くそれを繰り返し、僕に言う。
「空気悪いねぇ、ここ」
「そうだね(さっきまでね)」
「何してたの?」
「お互い様」
床には埃が高く積もっていて真っ白で、僕の足跡と彼女の足跡と僕が今座っているところと彼女が今立っているところだけ茶色い。
それは僕を密かに少し満足させた。少し微笑む。
が顔をしかめて手を振るたび、埃がもくもくと舞った。
彼女は暫くそうやって、諦めたように僕の隣に腰を下ろした。
「あたしは・・リーマスが居ないなぁと思ってね」
「ふうん」
「冷たい!」
「何で?」
「もっと感謝して・・というのは無理なのか・・そうなのか・・」
「勝手に納得したね」
「それは、あたしほら大人ですから」
「・・・」
「・・・すみません調子乗りました」
「あはは」
僕はひとしきり笑っていた。嬉しくて笑わずには居られなかった。
幸せすぎてどうしようもなく笑えた。暖かい太陽の光の下で。
腐りきった空気を浄化するように。僕にとって何もかも腐りきっていた。
だけは綺麗な空気を吸っているように感じた。それらはぜんぶ僕にとって。
が突然顔をしかめて壁の隅を指差した。
「うわあ」
「ん?」
「蜘蛛が居る・・」
「そりゃあ、こんだけ汚かったら」
「よくそんなとこ座るよね」
「お互い様」
「あたしは・・リーマスが座ってるから」
「ふうん」
「冷たい!」
「何で?」
「もっと嬉しがって・・というのは無理なのか・・そうなのか・・」
「勝手に納得したね」
「それは、あたしほら大人ですから」
「・・・」
「・・・すみません調子乗りました」
「あはは」
「あははは」
埃の感触がやけに心地よくて汚くて腐りきっていた。
は床の埃を恐る恐る指で拭った。彼女の手は埃まみれになったが、床はほとんど変わらなかった。
それでも彼女が触れたところだけ綺麗になり、後は余計に目立った。
不完全な浄化を振りまきながら彼女は生きていた。
それは腐りきった世界に欠かせないものだった。無ければ本当に腐りきって消えてしまう。
「すごいよね」
は僕に白く汚れた指を見せて言った。僕は頷いた。
「うん、汚い」
「よく座るよね・・」
「ほんとにね」
「ねえこれって、美白?」
「馬鹿・・」
「ぎゃー!乙女の気遣いを踏みにじったー!」
「何に対する気遣い?」
「ああ・・床?」
「床」
「うん、床」
「ふうん、良いなぁ・・(羨ましい)」
「は?床が?」
「うん」
「へえ、そうか」
何が嬉しいのか分からなかったが彼女は嬉しそうに笑った。
僕はが傍に居ればそれだけで、嬉しかった。
幸せすぎてどうしようもなく笑えた。夕暮れの赤い光の下で。
腐りきった空気が薄れていった。それらは全て僕にとって。
なのに全てをぶち壊すかのようには呟いた。
全てをぶち壊すかのような彼女の言葉も、やはり心地よい。
「リーマスさぁ、何かさぁ、隠し事とか、ある?」
「・・・」
「ミステリアス」
「は?」
「いやごめん、続けて・・」
「続けるも何も」
「無いの?」
「・・・」
は真剣な顔で僕の目を覗き込んだ。
何もかも見透かされてしまうような気がして、僕は必死で目を逸らした。
隣から少しだけ悲しそうな(と、僕は感じたのだ)溜息が聞こえた。
「はぁ・・」
「ごめん」
「いや、ははは」
「ごめんね」
許しを請うのは苦しかった。彼女の顔をまともに見れない。
が許してくれるのは分かっていた。不完全な浄化だった。
不完全なのは、僕が、隠し事を2つしているからだった。
「2つあるんだ」
「何が?」
「隠し事」
「そうなの・・」
「でもごめん、言えない」
「そっか」
「ごめん」
「良いよん」
1つは僕が汚らわしい狼人間だという事で、もう1つは汚らわしい僕が貴女を好きだということ。
この2つだけはどうしても彼女に浄化してもらえない。僕が、言わないからだ。
少し空気も冷たくなってきたが、僕の方がもっとずっと冷えきっていた。
はにこりと微笑んで立ち上がった。埃を払う。僕はそれを吸い込んでむせた。
「ああ!ごめん!」
「ごほごほごほごほ、ごほっ、げはっ」
「わ・・大丈夫か!?死ぬなー!」
「だ、大丈夫だよ・・」
「ごめん・・」
「うん、もう大丈夫」
「大丈夫なの?」
「うん」
「・・・そっか、じゃあ帰ろう」
彼女はにこりと微笑んで僕に手を伸ばした。僕はその手を取って、暖かさを感じた。
立ち上がって埃を払う。今度は誰もむせなかった。誰も座って居ないからだ。
しかしそこには僕との座っていたあとが茶色く残っていて、
それは僕を密かに満足させた。少し微笑む。
「ほら、ニヤついてないで行こう」
「ニヤついて・・!?」
「冗談冗談」
「まぁ・・否定は出来ないしね」
「あはは」
僕はの手を取った。暖かさを感じて、彼女は振り向いて笑った。
不完全な浄化が、体中に満ちていた。腐りきった僕の体中に。
040105(授業さぼりですよ因みに)(わー良いなあー)