電 光 




人工的な光を物珍しそうに眺める彼はあたしの目にはひどく奇妙に写った。あたしは声に出さずに少し笑い、懐中電灯を彼に手渡した。リーマスはそれを下から自分の顔に当て、怖くない?と楽しげに言った。どこの国でも考える事は同じらしいと分かると、あたしは彼と手を繋ぎたいような気分になった。
「あ」
光が消える。リーマスが、スイッチを押してしまったらしい。彼は慌てて、懐中電灯をひっくり返して調べた。ひっくり返す意味が分からないと言いかけて、やめた。一生懸命な彼を、可愛らしく思ったからだ。あたしにそんなことを思われても、嬉しくないとは思うが。リーマスは何とかスイッチを探り当て、もう一度押して灯りを点けた。病人の肌のような白い光を眺めながら、問いかける。
「そんなに珍しい?」
「うん」
「イギリスって無いの?懐中電灯」
「いや、あると思うんだけど。使わないからね、魔法あると」
「ああ、そっか…」
「なんか、すごいよね」
「何が」
「人間って」
「…そうだねぇ」
「今、何馬鹿なこと言ってんだコイツ、とか思った?」
「よく分かったね」
「…へえ」
「笑顔が怖い!」
「よく言われるよ」
リーマスは肩をすくめ、ありがとう、と言って懐中電灯をあたしに渡した。機嫌を損ねてしまったのかと、あたしは少しうろたえてその手をじっと見る。そして自分が馬鹿みたいだということに気付き、黙って受け取った。彼は優しく微笑んでいる。機嫌を損ねては居ないようだ。そうあたしは思ったが、彼の場合、笑みは大した意味を持たないのである。何て、分かりづらい。彼の機嫌をうかがうのは、それはそれは、難しい。
あたしは困った頭で、考えた。それでも機嫌をうかがわざるを得ない自分は、可哀相だと思う。同時に、幸せでもあるのだ。彼の機嫌をうかがえる位置に居ると言う事は、幸せなのだ。あたしは微笑んで懐中電灯の灯りを点けた。リーマスがそれを見て、それから驚いたように呟く。
「あ、蛾」
「蛾?」
「うん。光に」
「集まってるね」
「集まってるよ」
「蛾、かぁ…」
「あんま、好きになれないよね」
「ねえ」
「色が汚いからかな」
「茶色だよね」
「うーん…」
リーマスは無感動な目で地面に這いつくばっている蛾を見つめていた。蛾は薄い茶色のりんぷんに覆われていて、とても粉っぽく、汚く見えた。彼の冷たい視線に晒されているのが可哀相でならなかった。もし自分があんな目で見られたら、死んでしまう。
「リーマス、帰ろう。蛾を見に来たんじゃないよ」
「え…うん。てか、何しに来たんだっけ」
「リーマスが、懐中電灯というものを使ってみろという文明人なのか疑わしいことを言うから」
「あ、そうだったね」
「何でこんなもの送るかね、お母さんも」
「そうだね、心配なんじゃないの?」
リーマスはとても優しい声で、そう言った。彼は、他人の優しさが大好きなように、あたしには思える。だから彼自身もあんなに優しいのかもしれない。あたしも自分の母があたしの心配をしているところを思い浮かべると心が和んだ。意味は不明だが。何で、懐中電灯なんだ。まあ良いけど。リーマスに見せてと言われた時点で、むしろいいプレゼントだ。ありがとう、お母さん。
「どうしたの、?」
「え?いやちょっと微妙なこと考えてた」
「ふうん…」
「あ、蝶」
ふと見ると、光にもう一匹の虫が寄ってきていた。青とオレンジと黒の、キレイな羽をしていた。蝶だと、思う。しかしリーマスは首を傾げた。
「蛾じゃない?」
「蛾?」
「羽を広げて止まるのは蛾なんだって」
「へえ、物知りー」
「多分ね」
「……」
「蝶に見えるよね」
「ね、見えるよね」
「でも、蝶じゃない」
「?うん」
「うん…」
リーマスは呟いて、祈るように目を閉じた。何を考えているのだろうか。何も、考えて居ないといいと思う。悪いことばかり考えてないで、目を開けて欲しい。周りの木々は、キレイだ。あの蛾も、キレイだ。あたしはリーマスの頬を軽く叩いた。乾いた音がした。驚いた顔で彼が目を開ける。あたしは笑った。
「行くぞ、リーマス」
「うん」
驚いた顔のままで彼は反射的に返事をして、それから頬をさすった。痛かったの?と聞くと、いや、別に、と返された。怒らせてしまったのだろうか。
「これは、親愛の表現な訳?」
「うん、まあ…」
「へえ、友情って痛いんだね」
「ご、ゴメン…」
「冗談だよ」
「あー、何だ。でも、愛って痛いものよ」
「愛?」
「友愛」
「友愛…」
「い、良いじゃん、行こうよ」
「友愛」
「煩いなあ」
リーマスはくすくすと笑いながら屈んで懐中電灯を拾った。あたしは、鳶色の頭がキレイな方の蛾を見つめて数瞬止まるのを、眺めていた。身体を起こして懐中電灯で蛾を照らして、彼は踏みつぶしてしまおうか、迷っているようだった。あたしが声を掛けようとすると、こっちを向いて懐中電灯を下から顔に当てた。
「馬鹿だ!」
あたしは言った。彼は声をあげて笑っていた。機嫌を損ねなくて、良かった。あたしはほっとして、懐中電灯を受け取ろうと手を伸ばす。
「あれは」
リーマスがふと言った。
「蝶に、なりたかったのかな」
懐中電灯の重みが自分の腕に完全に移動してから、あたしは応えた。
「さあね」
「さあって」
「ならなくても、良いじゃん」
「なりたかったのかもしれないよ」
「そうかなぁ」
「うん」
「でも、蛾なんだよ」
「可哀相だね」
「どうしたの?」
「…何でもない」
「リーマスは、何になりたいの」
「僕は人間になりたいの」
「なってるじゃない」
「うーん」
「馬鹿だ!」
「馬鹿だよ」
「む…認めないでよ」
「認めざるを得なくて」
「はぁ…」
溜息を吐いて、あたしは蛾のところまで戻った。リーマスが不思議そうな顔をして、それから眉を情けなく下げて、唇を少し噛んだ。
「ごめん、変なこと言って」
「それより、リーマス!」
「何?」
「やっべーこの蛾、すごいキレイ。最高」
「…え、何?」
「やばいもう、大好きだよ」
「…?」
「友愛の、表現です」
「ああ、友愛ね」
彼は嬉しそうに微笑んだ。ああ、機嫌を損ねなくて良かった。あたしは胸を撫で下ろして、懐中電灯を振り回しながら、リーマスのところへ戻った。彼は微笑んで待っている。振り回している光が、飛び立っていく蛾を照らす。あいつは、蝶になんて、なりたくないだろう。






030623(最近蝶みたいな蛾がmy★ホームタウンで大量発生していますウザすぎです)