→→→クローディア・クローディア→→→
★★★












ジェームズ・ポッターに会ったのは、夕暮れ時の校庭をひとりで歩いている時だった。別に散歩なんて変わった趣味があるわけじゃないけれど、歩くのは嫌いじゃないし、ちょっと外の空気を吸いたいと思うことがあってもおかしくない。けれどひとりのジェームズに会うなどというのは全くの想定外で、そしてとても奇跡的に、稀な状況だった。



会っただなんて大袈裟な話だが。実際には、彼とは入学式のときにもう会っていたはずである。いや、あんなに多くの人間と共に一緒の場に集まったと言うだけでは会ったとは厳密には言えないけれど、とにかくあたしたちに初めての出会いの場があるとしたらそれは入学式であり、この場合は第二の出会いと言うべきだ。

つまり再会?




「あーきみ…」
だよ、ポッターくん」
「ああ、ね。だったね」
「ファーストネームで呼ぶの?」
「いけないかい?」
「いえ、別に」
「何だよ、喜んでくれたって良いくらいだ」
「はは、面白いね、ポッターくん」


このように、再会においてジェームズ・ポッターがあたしを認識して居なかったことは、ものすごくあからさまにあっさりと明らかになったわけだが、あたしは別に気にしなかった。そういうものだ。勿論あたしはジェームズ・ポッターを認識していたが、それはあれだけ人気者の彼については当たり前のことであり、しかしあたしにしては珍しいことでもあった。

ジェームズは何処かへ行く気配も無く所在なさげに手を腰の辺りで組み、あたしはそれを黙って見ていた。少し経ってから何だか申し訳なく、落ち着かなくなって、何の用?と言いかけてやめた。当然の疑問とはいえちょっと失礼な気がしないでもないからだ。それで少しだけ考えて、

「何してるの?こんなとこで」

そう尋ねた。ジェームズはちょっと眉を上げ、

「…んー」

そう言った。それは少し普段の無駄に快活で舌のよく回る彼とは別人のようで、あたしはなぜか少し悲しく薄ら寒い気分を覚えながら、一生懸命明るい笑顔を作って見せた。さっきの質問にはまだ答えてもらっていないが、そんなに大した話でもない。あたしは彼が何をしていても文句なんて言うつもりは無い。たぶんまた例の悪戯とかいう奴だろうとはかなり確信を持って推測されるが、彼らはとても緻密で正確なので、それにあたしが巻き込まれる可能性は万に一つも無いだろう。邪魔ならそう言うだろうし、そうでないなら言わないだろう。これもまた恐らくの話だが、彼はそういう人だ。


が。


「…」


あたしは良い加減に居心地の悪さを感じ始め、横目で隣に立っているジェームズの横顔を盗み見ると、彼が少し落ち込んでいるような気がしないでもなかった。こういう場合、あたしはここにいたら邪魔なのだろうか、それとも、優しい言葉をかけるべきなのか、大変困りものだ。そもそもあたしたちの出会いは入学式で、コレが始めての再会なのだ。大袈裟だが。つまりはそういうわけで、話すようなことも無いわけで、彼がここにいる理由が不思議でたまらない。やっぱり、何の用、とストレートに聞いた方がよかっただろうか。


(今更だ)




似たようなことが前にもあった気がする。けれどあの時は今とは逆だった。それは彼と初めて出会った入学式の時だった。あたしは酷く緊張していて、歯はカチカチとあたしだけに聞こえる耳障りな音を絶えず立てていた。そんな時に、目の前を通ったのがジェームズだった。勿論その時はジェームズだなんてこと知らないし、気にも止めて居なかったけれど。次の瞬間目の前で、

「余裕さこんなの」

彼は何故か自信たっぷりの顔でそう言って、意味も無く笑った。何が余裕なのか分からないし、周りには不機嫌そうな顔で彼を睨みつけるものも居ないことは、なかったが。あたしは緊張して高まる頬の温度をためようと頬に手を当てながらそれを見ていた。彼の隣にいた優しそうな男の子が、何馬鹿を言ってるのかなジェームズは馬鹿だとはいえ全く、と辛辣に笑顔で呟いたのを記憶している。あたしはそれを聞いて、彼の名前を初めて知ったわけだ。


あたしは彼を見て少し楽しくなってうっすら笑みを浮かべ、こういう人も居るんだよなと思った。本当にそれだけで、そして得てして出会いとはそのようなものだ。そこであたしたちの出会いは終わるはずだった。しかしジェームズはくるりと振り返ったのだ、意味も無く。そして彼の透き通った目にあたしの間抜け面が写っているのが分かった。あたしは気まずい思いで軽く微笑み、ジェームズは満足そうににこりと笑った。

「緊張してるねー、君」
「ま、まあね」
「おまじないをしてあげようか?」
「あー、うん」


念のために言っておくがあたしはごくごく普通の女の子で、つまり格好良いイギリス人の男の子におまじないをしてあげようと言われるのを断らない程度の社交性は持ち合わせていた。少し驚きはしたが、彼は何も考えずそういう事の出来る人だと言う確信が既に生まれていた。それはあたしにだけではなく、あの場に居た全員に言えることだろう。彼はつまりムードメイカーで、一般のあたしたちとは一味違うということ。それはあまりにも自然な確信だった。そしてあたしは言われるがままに手を出して、自分よりも一回りも大きくて骨ばった彼の手の綺麗さに嘆息した。

そこで先生が来て、あたしたちの出会いは今度こそ終了する。


どこが「今更」なのかと言うと、これからだ。その後であたしはもう一度彼とすれ違う機会を得て、あたしは彼に、おまじない出来なかったんだからして欲しいと話しかける程度の社交性を持ち合わせて居ないわけでもなかった。しかし彼は余りに特別に思えてしまい、そしてその一瞬の逡巡の間に彼は去ってしまった。それであたしは「今更だな」とあっさり諦め、予想通りにみんなのムードメイカーとなった(或いはさっきも言ったように既になっていたのだが)ジェームズに直接接触する機会も無く、今に至っていたというわけだ。そんなものだ。

けれどそのようなもので、十分。



「ジェームズ」
「なんだい、
「天気が良いね」


ジェームズは意外そうな顔で眉を上げ、そうだね、と間延びした声で返事を返した。あたしは彼におまじないでも頼もうかと一瞬思ってしまったのだが、それこそ今更な話で、それにあたしはもう緊張していない。あの時のあたしはもういない。けれどあの時はあたしの中でいつまでも何となく残るという奇妙な確信があった。それはあの時の確信と同じ、奇妙で、確かなものだ。


「ジェームズって呼んだね」
「いけない?」
「いいや」
「喜べばいいんじゃない」
「パクったね、きみ」
「まあね」


ジェームズは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、それに少し驚くあたしに向かって、

「なんだー」


と言った。意味が分からなくて、あたしは目を逸らし、意味分かんないとぼやいてにやりと笑った。目の先には綺麗な色をした、けれど決して晴れては居ない空が広がっている。ジェームズが歩き出す気配がしたので、あたしはついて行った。城に帰るのだと思う。ついて行っても平気だという奇妙な確信があった。ジェームズは伝えたいことを言葉を言わずに伝えることが出来るのだということにあたしはふと気付いた。


「なんだー」
「何?」
「もっと早くに話しかけとけば良かったなって」
「ジェームズが?あたしに?」
「そうそう」
「ふーん」
「仲良くなれそうだよ」
「ふーん」
「つめたいなあ」
「いいえ」
「あ、帰ろー」
「帰ってる」
「そーですねー」


内心では踊りだしそうなほど嬉しくて、あたしは俯いたまま少し早足に歩いた。それでもジェームズの方が歩くのは速かった。そんなものだ。ジェームズもいつのまにか元気になっていて、あたしはそれが一番嬉しかったのだが、そんなことは、内緒だ。


















060111(意味がわからないのが好きです)