Anarky
I hate. Therefore, I love.
「何も入ってねぇ」
とてもつまらなそうなものだと分かっていたのだが、あたしたちはあえてそれを開けてみたのだった。
そしてこういう結果を得た場合は、期待を裏切られなかったというのだろうか。それともやはり、
「期待はずれだなぁ」
つまらなさそうに言うシリウスにあたしは白い目を向けた。どうせ最初から何も期待してなかったのだろう?
この男はしばしば勝手過ぎるのだ、あたしにとって。それは他の皆にとってもそうなのか、
それとも何か特別な力が、例えばあいつの容姿とか家柄とか能力とかあいつをとりまくものがはたらいて
誰もそうは思っていないのか、あたしには分からない。もしそうだとしたら、その理由も、分からない。
「最初から期待もしてなかったでしょう」
「してたよ」
「嘘だね」
「何でだよ」
「・・・」
あたしは答えなかった。理由が分からなかったからだ。勝手に思っているだけだったからだ。
ふと、それは実はとても失礼なことのような気がしてきて、あたしはシリウスの後姿に頭を下げた。
気付かなかったし、気付いて欲しいわけでもなかった。自己満足だと彼はきっぱり言うだろう。
そしてシリウスは答えないあたしを気に留める様子も無く、ただその箱をつまらなさそうに放るのだった。
それはただの、むしろ環境破壊というかゴミのポイ捨てというか、つまりは悪い事の分類に入るだろう程度の行動だ。
それなのにそれはとても格好良いイギリスの少年の青春の1ページのようで、あたしは顔をしかめた。
実はとても気に入らなかったのだ、そんなシリウスが。最初見たときから何となく、それは始まっていた。
「なあそこのアンタ」
「はい?」
「それ取って」
「あー・・どうぞ」
「どーも」
「ねえ今シリウスと喋ってた!」
「へ?」
「シリウスと!すごーい!」
「えー・・いや」
「シリウスってね、すごいんだよ。見た目もああだし頭も良いしスポーツも出来るし家柄も立派だし
お金持ちだし性格も格好良いしあの有名な悪戯仕掛人の一員だしやっぱもてるし」
「物取ってって言われただけだよ?」
「それでもすごいよ!良いなぁ・・」
「ふーん・・?」
「うん、何やっても許されるよねシリウスなら」
それは最初にシリウスと会ったとき、(ただそこにあった彼の羽ペンを取ってくれと頼まれただけのこと)
あたしは彼のことを、顔が綺麗で何やら近づきがたい人のようだとだけ感じた。本当にそれだけだった。
普段あたしにとって綺麗だというのは良いステータスなのに、やはり何か気に食わないと心の隅で思っていたのだろう。
そしてその時彼のことをあたしに話してくれたのは、寮でもわりと評判の可愛くて明るい女の子だった。
別に特に親しいわけではなかったが、別に嫌いでもない人だった(ただあの時は少し煩かった)
彼女は次の次の週とか、何かその辺りにシリウスに告白したらしくて、彼にこっぴどく振られた、
というのならまだ良かったのだが、その時の返事はオーケーでハッフルパフの可愛い女の子と二股かけられて
公衆の面前でこの男を張り飛ばし劇的な三角関係を演じた挙句、最終的には二人とも仲良く同時に振られてしまった。
あたしはそれを、はやしたてる寮の人たちに混じって傍観していた。中々に刺激的で面白かった。
だけど、同時にひどく、苛々したのだ。(だって なんであの子は あんなに泣いているの?)
それ以来、この男はただ何となく気に入らないのだ。そんなことを彼が言ったわけでもないのだが、
たまにふと彼の胸倉を掴んで、何をやっても許されるなんて思ったら大間違いだ、と言いたくなる。
それもまた実はとても失礼な事のような気がして、あたしはシリウスの後姿に向かって小さくごめんと呟いたのだった。
「なあこれどうするよ」
シリウスが声をあげて指差した先には、さっき彼自身が放り投げた箱が落ちていた。
それはまだ土交じりの薄い雪の上に投げ出されて、水分と泥を吸い込んでぐしゃぐしゃになっていた。
そうだ、あれ、紙で出来た箱だったんだよな。あたしは今さらそう思っただけで答えなかった。
「どーしよっか」
シリウスはまた言って、その元は紙箱であったぐしゃぐしゃのパルプ繊維のかたまりをじっと見ていた。
そんなのキミにとってはどうでも良いんじゃない?とあたしは言いたかったが、それもまた面倒だった。
そのうちまたそんなの何でもないように、何も無かったように、前を見て歩いていくんだ、きっと。
「酷いよシリウス!」
「はぁ?」
「だって、さぁ、あたしに良いって言ったじゃない」
「って何が?」
「今日は一緒に過ごして良いって言ったじゃない!だって、あたし」
「んなこと言ったっけ?」
「言ったわよ!もう、何なのよ!」
「あー泣くなってこんな人前で」
「でも・・!」
「良いから」
「え、」
「今日。どっちでも良いんだ俺」
「どっちでも・・?」
「ああ。あんたでも、あっちでも」
あの時は本当に痛そうな音がした。見ているこっちはむしろ気持ちが良かったくらいに。
シリウスは少し手を振り上げて、(きっとあの子を殴ろうとしたんだとあたしは思った)ぱたりと下ろした。
あの日は確か、あの子の誕生日だったと思う。何月何日だったのかは、もう覚えていない。
あの時シリウスがあの子を殴っていたら、あたしはきっとシリウスを殴れていたと思う。
でも、そうではないのだ。シリウスはそんなのじゃなくて、殴る理由など何処にも無くて。
だからあたしはどうしようもなくて、それだから余計に苛々してしまうんだろう。
シリウスはまだ紙箱だった塊を見ている。あれは、何か考えている時の目つきのような気がする。
あたしは本当のところ少し困っていた。からっぽの箱を放っておかない理由が、彼の何処にあるというのか。
「ねえ」
「あ?」
「帰ろう、良いよそんな箱」
「・・あー」
「何も入ってなかったでしょう?」
「ああ」
「放っとけば」
「ああ、でも」
「放っときなよ」
我ながら、かなり口を荒げてそうシリウスに詰め寄った。実際、怒っていたからだ。
あの箱のことを、シリウスは、少しでも気にかけている。とても気にかけていると言っても良いだろう。
そう、なのにあの女の子のことは気にかけなかったのだ。この箱よりも彼の気を引けなかったのだ。
そんなことがあって良いというのだろうか。あたしとしては、良くないのだけれど。
良くないのだけれど、その理由をシリウスに説明するのは難しい。自分でもよく分からないし、
シリウスに分かってもらえるだなんて思ってもいないからだ。エゴか同情だと、言うかもしれない。
だからあたしがあの子の為に言えることはこのくらいなのだ。その箱から、こいつの注意を背ける位しか出来ない。
「放っときなよ」
もう一度、きっぱりと言った。こいつに限ってはそんな箱に注意を向けるのはみんなに失礼なんじゃないか。
勝手すぎるのだ、あたしにとってそれは。あたしが厳しすぎるのかもしれない。気に食わないだけで。
「でもさぁ」
あと、あたしは困っていたのだ。
「これ、のじゃねえ?」
あたしは思い切り顔をしかめて、知らないよそんな汚い箱、と言った。もちろん嘘だった。
あたしは本当はその箱を取るためにわざわざ寒い中を下まで降りてきて、シリウスに会ってしまったのだ。
シリウスはあたしが取った箱を見て、何それ拾ったのか?と尋ねた。あたしはその通りだと答えた。
中はと聞かれて、あたしはシリウスの方まで歩いてそれを開けて見せたのだ。何も入っていないことは知っていた。
それがシリウスがあたしにくれたものだというのも、彼にとってはどうでも良いことなのだろうと思った。
だけど今、あたしは困っているのだ。何でそんな箱に限って、覚えているのか。何よりどうでもいいことなのに。
「嘘吐け」
シリウスはそう言ってその箱をもう一度拾った。あたしは何も言わなかった。
「これ、俺がお前にやったんだろ」
「うん、そうだね」
「うわー最低ー」
「どっちが」
「はぁ?」
「ごめんこっちの話」
「何だよ言えよ」
「・・だって」
「おう」
「箱とか、そんなのより注意を向けるべきものが有ったよ、あんた」
「そうか?」
「覚えてないんだ」
「まあな」
「わりと何も覚えてないね」
「まあ、そうか」
「そうだよ」
「でもこれは、」
「うん」
「これは、俺がお前にやったやつだ」
「・・うん」
「誰だよ拾ったとか言ったのー」
「あんたが最初に言ったの」
「俺はお前の記憶力を試そうとしたんだ」
どうしようもない、これだけは言おう。全て上手く良くと思ったら大間違いだこのパーフェクト男め。
「落とすなよな」
「ごめん。でも拾いに来た」
「また別のやるよ」
「余ってんの?」
「いや別に」
全て上手く良くと思ったら大間違いだこの野郎。あたしだけは、人類最後の抵抗を。あなたになんて、振り回されない。
もしそう言ったらきっときっぱり、そんなこと思ってねぇよ、と完璧な答えを返すのだろうこの男は。
抵抗は、上手くいきそうにも無いのだ。箱とあの子を比べたら、あたしは箱を取るだろうから。
あたしの抵抗など喜びの後ろめたさからくるただの自己満足だと、彼はきっぱり言うだろう。そしてあたしもそう思うのだ。
031126(まあつまりはラブラブなのです)(わかんねぇよ)