「不必要だというのは、解っているけどね」
「ふうん」








       エ      イ      ド









彼は邪魔そうに前髪を抑えた。
不必要だというのはその前髪のことなのだろうか、と、言い掛けて止めた。
くだらない。



う、とちいさく彼が呻いたのをあたしは聞き逃さなかった。


「どうしたの?」
「なんでもないさ」



聞き逃してしまえば良かったのかも知れない。
あたしは不安に駆られ、意味もなく皮膚に爪を立てる。
彼がそれを黙って少しだけ、少しだけ見た。

「傷付けないでね」
「ん」
「血を出すのは、僕は、好きじゃないから」
「あたしも好きじゃない」
「嘘吐きだねは」
「あなたもかなりの嘘吐き」
「そうだね…でも先刻のは違うのさ」
「あたしも、嘘じゃあない」


手を離して、広げて見せた。降参のポオズ。
彼は面白そうな顔を少しだけした。見間違いかも知れない。




再び彼は前髪を抑える。風が強いせいなのだろう。
あたしは目を閉じた。止んでくれと心の中でだけ願った。


「伸びすぎだと思う?」



あたしは頷いた。彼は暫く前髪を弄んだ後で、そう、と短く言った。


「切るの?」
「そうしようかな、と考え始めたところだよ」
「……」
「何か、言いたい事でも?」

尋ねられる。いつもいつもそれは、絶妙のタイミング。


「有ります、良く分かったね、リーマス」
「褒めていただいて光栄だ」
「ふふ」
「何だい?」
「別に。…切るなら頂戴、って、だけ」
「だけ?」
「そう、それだけ」
「だいぶ気色悪いと思うけど」
「あたしは、そうは思わないわね」
「そうだろうね。僕も別に」
「嘘吐きだねリーマスは」
「…」



彼は面白そうな顔を少しだけした。見間違いかも知れない。
彼の髪は絹糸のように細く綺麗。あたしが欲しがるのも自然の道理だ。


「良い色ね」
「鳶色って、言うらしいよ」
「良く分かったね、リーマス」
「何が?」
「髪の話だと」
「ああ…それは、何となくね」
「そう」



彼はやる気のない顔で辺りを数回見回して、無いな、と呟いた。
鋏を捜しているのかも知れないが、生憎あたしは持ち歩く趣味が無い。


「あたしも切ろうかな」
「勿体ない」
「じゃあ、貰ってくれる?」
「良いよ」
「気色悪いわね」
「そうだね」



頷いた。先刻と違う。かれはうそつきだからだ。



「君の髪の色好きだよ、
「真っ黒なんだけど」
「それが良いんだよ」
「珍しいしね」
「そうだね」
「褒めていただいて光栄よ」



彼は軽く目を閉じた。彼の睫毛は髪の毛と同じ色で、やはり絹糸の様だ。
精巧に作られた硝子細工の瞳。彼は何時も血の気が無い。


「リーマスは綺麗ね」
「………褒めていただいて光栄だ」
「何時も顔色が悪いわ」
「褒めてる?」
「うん」
「そう、それは光栄だ」



頷いた。何でも良いらしい。かれはうそつきだからだ。




あたしは彼の綺麗な横顔を見ながら薄く微笑んでいた。
ふと彼は目を上げて、硝子細工にあたしの間抜け面を映す。
そしてやけにゆっくりと芸術的に、音を立てず口唇を移動させた。t-h-a-n-k-y-o-u.


「ありがとう」
「何が?」
は僕が綺麗じゃないのを知っているのにね」
「綺麗じゃないリーマスは。完璧に」
「見た目の話じゃないよ」
「見た目が綺麗なのは自分で認めるのね。ふうん」
「…そういうわけじゃ」
「良いのよ、ほんとだもの」


彼は面白そうな顔を少しだけした。見間違いかも知れない。
それから完璧に芸術的なその顔をあたしから背けて、少し息を漏らす。



「不必要だというのは、解っているけどね」
「何が?」
「a-i-d」
「?聞えない」
「救・済」
「あたしのこと?」
「そんなことは誰も言っていないさ」
「…そうね」
「嘘。僕は嘘吐きなんだろう?


彼は面白そうな顔を少しだけした。見間違いかも知れない。
あたしは笑ったが、もしかしたら泣きそうな顔に見えたかも知れない。




彼は綺麗で優しすぎて強すぎて、脆い。風は未だ止まない。

ほんの少しでも救済に成れたら、
そのうちに彼の内に周りの感情が流れ込みすぎて破裂してしまった時に、
あたしは泣いて、挙句に死ぬのだ。































050816(意味不明万歳週間が続いております(ごめん…